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File-8 チェコスロバキア事件への対応

「2000語宣言」を「分散主義」と断ず

思想新聞 2000年4月5日号

シリーズ Q&A共産主義は間違っている!!

欺瞞に満ちた日本共産党史(その3)

ソ連の「プラハの春」弾圧に傍観と黙認

1968年の「プラハの春」もソ連軍の弾圧により市民の血に染まった
現在のプラハ・バーツラフ広場

Q ハンガリー事件に関連して、軍事介入したソ連を支持していたのが日本共産党だったという、現在の彼らの主張とまったく違う事実があったことを知りましたが、それ以外にも、共産党の欺瞞性を示すものを教えてください。

 枚挙にいとまなしです。いくつか紹介しましょう。まず、彼らが旧ソ連を大国主義と覇権主義の歴史的巨悪と断罪する実例としてチェコスロバキア事件もあげていますので、ここからはじめましょう。
 まず、事件の経緯を説明しておきます。悲劇は1968年に起きました。ハンガリーと同様にチェコスロバキアもまた、第二次世界大戦後、ソ連の衛星国として隷従を余儀なくされていました。ところがチェコスロバキア共産党第一書記だったドプチェク氏を先頭に、自由と民主主義を求める国民が決然としてたちあがったのです。彼らの本当の願いは、モスクワにより束縛された鎖そのものを断ち切ることでしたが、今は困難と断念しソ連の衛星国のままで自由と民主主義を勝ち取ろうとしたのです。

押しつけのソ連社会主義を拒否

 68年4月5日、共産党中央委員会は、押しつけのソ連型社会主義を拒否し、独自の道を目指す「新綱領」を発表。その内容は、これまで社会主義国で自明のこととされてきた共産党独裁制の批判の上に立ち、プロレタリアート独裁は共産党を通じてのみおこなわれるというレーニンのテーゼを否定し、共産党独裁から社会民主党などの複数政党の復活、集会や結社の自由の容認、事前検閲の廃止、国民の西側への旅行や長期滞在の容認などの民主的な目標をうたいあげたのです。さらに、この国の政治家、学者、労働者、スポーツマン(オリンピック女子体操選手として日本でも有名なチャフラフスカさんらも参加しています)ら数十人が言論、出版、集会、結社の自由と人権擁護を切に願う「2000語宣言」を採択し、内外に発表したのです。

 ソ連軍出動でハンガリー事件が再現

「宣言」は、共産党の体質、特にその独裁的体質に対する批判や企業運営の民主化などを訴え、さらに「権力悪用者を退陣させるために、公然の批判、決議、デモ、職場での示威、ストライキ、ボイコット」などの手段をとると主張していました。運動は次第に盛り上がっていき、国際的な関心事にまでなったのです。日本でも、楽天的な人々の間ではチェコスロバキアにいよいよ春(「プラハの春」といわれました)がくるのではないかとの発言も聞かれるほどになったのです。
 しかし、その夢もつかの間、無惨にも打ち砕いたのは、ソ連を先頭とする東欧5カ国の戦車4千両と20万人の軍隊でした。15カ所から一斉に、怒濤のごとく突入し、一瞬にしてプラハに芽生えた自由と民主主義の芽は押しつぶされてしまったのです。これがチェコスロバキア事件です。
 このとき、日本共産党はどんな反応を示したのかを検証しましょう。1956年のハンガリー事件の時とは多少異なった見解を示しました。というのは、ソ連がチェコスロバキアへ軍隊を出動させたことには、「同意できない」というものでした。
 ハンガリー事件の時の日本共産党は、ソ連に連帯の意思を表明し積極的に支持したのですが、今回はそこまではできず、「同意できない」という発言だったのです。この表現は決して断固たる糾弾や、厳しい批判でなく、ある種の傍観と黙認の態度といわねばなりません。

宮本ブレジネフ声明の3日後にアフガン侵攻

 加えて共産党は、チェコスロバキア人がまさに生死をかけて発表した自由と民主主義の宣言=「2000語宣言」については、厳しく批判しているのです。
 当時の上田耕一郎幹部会員は、「2000語宣言」を自由主義、分散主義の現れであり、共産党や社会主義的獲得物に対する精算主義的立場が著しいと糾弾しました。要するに、この文書は共産党の承認なしに、党員が署名し、共産党傘下の団体の機関誌に勝手に掲載した。これは「党の規律、民主主義的中央集権制」に反するものだ。なによりも共産主義に対して否定的であるところがけしからんとして、「こういう問題について、共産党が全党員を民主主義的中央集権制の厳守という精神で、正しく指導しマルクス・レーニン主義の原則を厳しく守った断固とした思想、理論闘争を展開する必要がある」(『前衛』68年10月号「チェコスロバキア問題に関する幹部会声明について」)とのべています。
 このように検証してみると、日本共産党は、旧ソ連を「歴史的巨悪」として断罪する資格などないことがおわかりいただけると思います。「筋を通す党」=日本共産党という彼らの看板は国民を欺くものです。
 ほかにもいいわけのできない汚点があり、必死に隠しているものがあります。例えば、79年に宮本委員長(当時)がソ連を訪問してブレジネフと共同声明を発表して世界平和をうたいあげました。ところが声明発表のわずか3日後(12月27日)にソ連はアフガンに軍事進攻したこと。

 チャウシェスクを「英雄」に祀りあげて嘯(うそぶ)く

 さらに、ルーマニア・チャウシェスク体制への評価の決定的な誤りです。東欧の民主化の過程で最後のとりでといわれたルーマニアは衝撃的な終焉を迎えました。チャウシェスク大統領夫妻が逮捕されて銃殺されたのです。その場面が全世界のメディアを通じてながされました。「チャウシェスクはドラキュラだ」との評価がなされたのですが、日本共産党はそれまでチャウシェスクを「東欧の自主独立の政策を進めている人物であり、国内的には社会主義国家の建設を順調にやっている」と訴え、「ルーマニア人民の英雄である」と天まで持ち上げていたのです。
 なんとも筋のとおらない話ではありませんか。「社会主義を擁護する正義の味方」だったのです。まさに、おそるべき変節と言えるでしょう。

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