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File-27 政府機関の中枢にある「男女共同参画局」

マルクス以前に胚胎したジェンダーフリー思想の恐ろしさ

思想新聞 2001年2月15日号 シリーズQ&A 共産主義は間違っている!!

フェミニズムの仮面を被ったマルクス主義・11

家族制度の廃止を企図

「空想的」とされたフーリエも…

Q マルクスが論敵を「空想的」「幻想的」と決めつけた上で退けようとしたのはわかりましたが、特に良心的な社会改良家について「空想的」とした批判はすさまじいですよね。

A マルクス=エンゲルスが自らの「科学的社会主義」に対して「空想的社会主義者」と呼んだロバート・オーウェン(1771~1858)やサン=シモン(1760~1825)、フランソワ・M・シャルル・フーリエ(1772~1837)らのことですね。彼らは何も自分たち自身が「空想的」と思っているわけではなかった。たしかに、彼らの実践は社会的変革と呼べるものではなかったにせよ、明らかな“実験”があったわけです。
 とくに、フーリエについては現代の「男女共同参画社会」思想に関して、いうなればかなり「先駆的」なことをやったと言えるでしょう。
 この点に関して、八木秀次・高崎経済大助教授が最近の『諸君』1月号で仔細に論じています。
 この論文の中で八木助教授は、「枕詞」として千葉市の市民局生活文化部の「男女共同参画課」が発行する広報誌『ハーモニーちば』から「一匹で雌雄同体のカタツムリはうらやましい」との記述を引用し、そこに「雌雄同体すなわち雄でも雌でもない、男でも女でもないこのような存在を人間の理想の姿とし、これを基底にして社会を根本的に改造していこうというのが『男女共同参画』なる発想にほかならない」と断じています。
 八木助教授が指摘するのは、「男女共同参画」という思想は「男女平等」や「男女共生」と混同してはならない、というものです。同助教授は、男女共同参画審議会委員の一人である大澤眞理・東大教授の「『男女共同参画』は、……ジェンダーそのものの解消を志向する」という趣旨が確認された審議過程と、「『男女共同参画社会』とはジェンダーそのものの解消を志向する『ジェンダー・フリー社会』の別名にほかならない」と「政府文書がジェンダーそのものの解消を展望するなどは前代未聞」と告発した証言を紹介しています。
「ジェンダー」という言葉はもちろん、男女の「性差」という意味で用いられますが、これが「解消」されることは、さながら「雌雄同体」のように、「ユニセックス」化がますます促進されることになるわけです。
 では、「ジェンダー・フリー」という思想がなぜ危険で恐ろしいのでしょうか。八木助教授はそれが「家族を破壊し、文化を否定し、社会を混乱に陥れる『文化大革命』まがいの強力なイデオロギー」だと看破して見せます。というのも、「一府十二省庁再編」の要とも言える「内閣府」に一部局として「男女共同参画局」が存在するからで、それがジェンダー・フリーのイデオロギーを強制するようになれば、まさに「文革」の再来になるというわけです。

ファランステールという名のカルト

 いわば首相直属の機関にこうした思想が安易に入り込むのは、その疑似宗教的恐ろしさが理解できないからだ、と八木助教授は指摘します。
 そこで、前置きが長くなりましが、八木助教授は、そもそも、「フェミニズム」という言葉を用いはじめたのが、ほかならぬフーリエであったというのです(グルー『フェミニズムの歴史』参照)。その「フェミニズム」の命名者フーリエは、どんなことをやったかというと、家族を単位とした小農経営が社会悪の元凶だと考え、家族制度を廃止して「ファランステール」なる男女千六百人単位の農業共同体の建設を提唱したのです。
 これは、「男女問わず能力や要求に応じ」て合理的に生産や生活がシステム化されている、という点で、マルクス共産主義の先駆とも言えますが、このコミュニティでは一夫一婦制度が無意味となり、事実上の乱婚を認めることになりました。配偶者や子供も「共有財産」とするのは、まさに「疑似宗教(カルト)的共同体」だ」と八木助教授はフーリエ主義に対して警鐘を鳴らしているのです。

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