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File-44 儒教的死生観が家族思想を形成

思想新聞2001年11月1日号 シリーズQ&A共産主義は間違っている!!

フェミニズムの仮面を被ったマルクス主義 28

75%の家庭にある仏壇は家族の精神的な紐帯

むしろ儒教的精神を体現

Q 仏壇が「家庭の斎場」というのはどうしてなのでしょうか? また、ちょっと少し前から「熟年離婚」が流行語になっているように、子供を社会に送り出した夫婦の仲が冷え切って、しまいには夫と同じ墓に入るのはイヤ、という状況も珍しくなくなってきているほどです。この「墓に入る」こととフェミニズムとはどう関わってくるのでしょうか。

 はい。ある保険会社の調査によると、核家族化が進んだとはいえ日本の世帯の約4分の3(75%)の家庭は仏壇を備えているといいます。先の加地伸行・阪大名誉教授は「仏壇に対する祭祀は非常に重要だと考える。家族における精神的紐帯となることができる可能性があるからである。現在、多くの家庭はただ寝泊まりするだけのホテル族と化し、そこに家族の結びつきの具体像が出てこない。話し合うと言ったって、世代の断絶を知るばかりである。しかし、若者と言えどもまともな日本人ならば仏壇・墓に対する敬意の念は微動だにしない。先祖供養・墓参りに対して、日常性を超えて、厳粛な死の影を意識する宗教心があるからである」と述べています(『家族の思想』)。

東北アジアに見られる先祖祭祀

 先にも触れましたように、日本における「仏壇」という伝統的習俗は仏教のようでいて、先祖祭祀という点において、きわめて儒教的だというのです。そしてその本質は「招魂再生」(死後も魂は現世に存在し、子孫・一族が祭祀してくれればいつでも遺族の所に帰ってくることができ、肉体も子孫・一族が続くことによって現世に生き残り続けることができる)というシャーマニズム的観念だというわけです。
 確かに、日本の伝統的な家庭には仏壇のほかに「神棚」がありますが、神棚には位牌は置きません。仏教の戒名を記したものが位牌ですから当然なのですが、とにかく先祖が関わってくるのは仏壇となるわけです。「本地垂迹(ほんちすいじゃく)説」などに象徴されるように、日本では神道と仏教の混淆(シンクレティズム)が多くの場合指摘されるところです。
 でもそれは日本だけ特殊に見られるものなのでしょうか。加地教授はそうではなく、東北アジア特有の観念である、と説いています。確かに、お隣の韓国を見てみるとキリスト教がこの地域で最も盛んな国ですが、儒教シャーマニズム的な側面が日本以上に色濃く残っていると言えるでしょう。ですから長幼とか秩序に対しては明らかに日本以上に厳格なのです。
 さらに言えば、その民族に綿々と受け継がれてきた観念とは、一時的な宗教や教説によって容易に変えられるものではない、ということです。

日本の墓はイエ制度の象徴か?

 そこで質問の第二点、「お墓」の問題に関わってきます。加地氏はまず「葬送の自由をすすめる会」について言及し、「従来の葬儀に対して疑問を抱き、会員同士で遺骨を散骨するという葬儀を行う。その結果、墓を建てる必要がないことになる。散骨する場所は、生前に、好みに応じ、思い出の地とか、風景とかを希望して指定しておく。すると死後、同会が個人のために散骨をするというわけである。……ともあれ、同会は会員七千人と号し、広げようとしている。その意図の一つとして見え隠れするのは、墓は家制度の核として、その墓を否定することによって、最終的には家制度どころか家族制度そのものを解体しようとしている点である」と指摘しています。加地氏は同会には誤解があるとして、「現代の墓は『何々家之墓』となっており、家制度の下の旧弊なものであるという主張である。……たとい死病の流行があり、大量死があろうと、結局は一人で死ぬのである。だから、死体を納める墓は必ず個人墓である。……ところが、遺体をそのまま土葬するのではなくて、焼却してわずかの遺骨を納める遺骨式土葬が近現代になって普及してくると……納骨式の合祀墓となってきて墓が一つとなり、全体を表現するために『何々家之墓』という碑を建てるようになったのである。何も家制度などからきたのではない」というのです。
 つまり「イエ制度」への憎悪が彼らの根底にあり、フェミニストの主張と重なるわけです。

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