思想新聞2001年11月15日号 シリーズQ&A 共産主義は間違っている!!
フェミニズムの仮面を被ったマルクス主義 29
「家」制度解体に狂奔した二人の民法学者
彼らの思想を今日に受け継ぐ
Q 夫婦別姓の問題は、究極的には子供が姓を選ぶ問題、さらには「家族解体」という事態にゆきつく、というのはわかってきました。先の八木秀次・高崎経済大助教授の指摘する「ライフスタイル自己決定論」の陥穽になるのでしょうが、民法改正の動きなど法的な問題について説明してください。
A 八木助教授によると、今日の民法改正の動きというものは、憲法の制定の時からあったということです。
例えば、日本国憲法の二四条は、「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない」というものですが、この二四条自体の問題がまず第一点として挙げられます。というのも、最近明らかにされてきたことですが、マッカーサー草案にあった「家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統は、良きにつけ悪しきにつけ国全体に浸透する」という規定が憲法成立の際に削除されたというのです。これはベアテ・シロタ女史が明らかにしているものですが、ドイツやソ連にあった家族や母性保護についての文言を参考にしてマッカーサー草案に盛り込んだというのです。しかしGHQ民政局からの反対にあったというわけです。
しかしもっと重要なのは、むしろ日本側にあったと八木助教授はいうのです(『反「人権」宣言』)。
「日本国憲法に家族についての規定が存在しない理由として、日本側の家制度廃止論者がその背景に存在していたことが推測される。彼らは『家』制度を否定するために、家族からの『個人の解放』を説くのみで、家族における人間の統合を説くことはなかった。そのため、後に述べるように、憲法に家族尊重・保護規定を設けるべきだという主張にも反対した」
具体的に「家」制度の廃止を画策した人物というのが、当時、民法改正起草委員だった我妻栄と中川善之助という二人の民法学者でした。
八木助教授は次のように解説しています。
「我妻、中川が『家』制度の廃止を唱えたのは、『家』制度の実体からくる実際的な要請というより、彼らが依拠した理論、イデオロギーによる要請であったと考えた方が真実に近いであろう。
『家』制度は実態としては、例えば婿養子や夫婦養子の許容に見られるように、必ずしも血縁や儒教的な父系出自にこだわったものではなく、個人の能力をも重視する原理を持つものであった。
また女性の地位も、その当時の諸外国と比べて総体的に高かったことが知られている。明治民法における戸主の家族に対する『支配権』は、法律の規定の上から見ても、『たいして強力なものではなく、封建社会における家長権の強大であったのに比べると、非常に微弱化したものと言える』という指摘も「家」制度に否定的な論者からさえなされている。
つまり『家』制度は、その実態によって廃止されるべきと考えられたわけではなく、むしろイデオロギー的な要請によって廃止され、否定されるべきものと考えられたのである。
しかし我妻、中川両人は、何としてでも『家』制度を廃止したかった。すでに『家』制度の廃止を前提にした草案を作成していた彼らは、刑法学者の牧野英一が提案した封建制度以前のわが国古来の家族倫理の重要性を盛り込んだ修正案に、強硬に反対した」(同上)
結局かくして、家族解体論者にとって現行民法は「妥協の産物」と映ることになるのです。
八木氏は「夫婦別姓の導入に代表される今日の民法改正の主張は、このときの民法改正案研究会や我妻の主張を継承し、さらに発展させたものである。我妻や同研究会は、『家』制度からの解放を主張したが、今日の民法改正の主張は、現行民法が単位として想定している近代的小家族(核家族)からの『個人』の解放をも主張している」と言います。ですから、夫婦別姓や民法改正を求める主張は、「個人の尊厳」を原理とする憲法第二四条の論理的な帰結と言え、この条項はまさに「家族解体条項」ということになるのです。


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