思想新聞2003年11月1日 共産主義は間違っている!!
マルクス主義とK・ポパーの哲学 1
「北」を救うただ一つの道は「民主化」
「開かれた社会」の本質
Q 韓国の金大中政権以来の太陽政策の下では「取り扱い」の難しかった北朝鮮の主体思想の理論家、黄長樺元書記が渡米することになりました。10月22日夜のテレビ朝日「ニュースステーション」で黄氏の単独インタビュー(聞き手=久米宏キャスター)が放映されていましたね。
A このインタビューの中で注目された点は、「北朝鮮の金正日政権は経済支援がなければ5年以内に滅亡する」、そのためには「韓国は米国との同盟関係が最重要」であり、「民主化と開放経済政策の推進が北朝鮮人民にとって何よりも必要だ」としています。そして今回の渡米は「韓米の同盟関係を深めるためだ」と断言しました。
黄氏は97年の亡命にあたって当初自殺を考えましたが、「家族や身内が犠牲になっても国の人々を救うため」亡命を決断したというのです。イデオロギーが180度変わっても、事の本質を見極める氏の頭脳の明晰さは驚嘆すべきものです。
またそこで黄氏は、いわゆる「主体思想」の核となった「主体哲学」というものを構築する上で基本的なスタンスとなったのは、「スターリン亡き後のソ連から自立するための哲学」であったというのです。そして、中国で毛沢東が政治的実権を再び取り返した「文化大革命」こそ、最大の衝撃だった、と述懐しました。毛沢東の個人崇拝が、社会をことごとく破壊してしまったからです。
「プロレタリア独裁」が「プロレタリアの《前衛》としての一握りの指導者の独裁」を生み、それが神格化されていく。だから黄氏はこの「プロ独」という言葉を自分自身が直接関わった論文には、これを含んではいない、と言いました。
にもかかわらず、金日成の個人崇拝は進み、「世襲王朝」ができあがった。黄氏は1985年以降は金正日が完全に実権を掌握したというのです。そして金日成個人崇拝の傾向に一層拍車がかかった、と証言しています。
ではどうして「プロレタリア独裁」などという言葉がなくても、個人崇拝に行きつくのか――。つまるところ、西欧流マルクス主義とは異なった別のファクターがある、と言えるでしょう。それがまさに、呉善花氏ら多くの識者が指摘するように、「李氏朝鮮流の朱子学(小中華思想)」と言えるかもしれません。
李朝期には、確かに優れた文化も生み出しましたが、社会の停滞を生み、「近代化」を阻害しました。近代化が必ずしも「善」とは言えないかもしれませんが、今の北朝鮮の体制が中国の文革以上の悲劇をもたらしていることを思えば、民衆の活力、すなわち「民活」がいかに重要であるかがうかがえるでしょう。
中国は文革の悲劇からそれを学んだからこそ、「共産党の一党独裁」でありながら、鄧小平の打ち出した開放政策により今や世界の経済の重要な一角を担うまでになっています。
人々が自由に発言でき、それが政治体制にも影響を与えることのできる体制を、いわゆる「民主主義体制」と言えますが、このような社会を科学哲学者のカール・ポパーは、「開かれた社会」と言いました。その対極にあるのが、まさに「全体主義」であるというのです。これはファシズムもそしてマルキシズムも含まれてきます。ポパーの思想は例えば、ヨーロッパにおいては「ニュー・マルキシズム」と呼ぶ向きもありますが、こうした基本的なスタンスから、ポパーはマルクス主義についての痛烈な批判を加えていくのです。


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