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「金正男事件」の教訓

思想新聞2001年6月1日号】ニューススコープ

日本が「工作」舞台に

スパイ防止法 不可欠だ

 北朝鮮の金正日総書記の長男、金正男とされる人物ら4人が成田空港から不法入国をはかり5月4日、中国に国外退去処分された。この事件は二つの驚きを国民に与えた。第一は北朝鮮がいかに「無法国家」であるかということ。そして第二は日本政府がいかに「弱腰」であるかということだ。その後の報道では「金正男」らの日本への不法入国の理由はディズニーランド見物とされているものの、実際は日本を舞台にミサイル輸出の資金取引や日本の国会議員との秘密会談などさまざまなスケジュールが組まれていたという。明らかに「スパイ工作」を企てようとしていたのだ。これを機会に政府は対北朝鮮政策を見直し、スパイ防止法制定や出入国管理体制の徹底が不可欠となっている。

 北朝鮮の金正日総書記の長男・金正男と見られる男性と同行の女性二人、男児一人がドミニカ共和国の偽造旅券で入国を図り、入管難民法違反容疑で身柄が拘束されたのは五月一日のこと。その四日後に政府は「金正男」らを中国・北京に国外退去させた。
 「刑事告発するなどきちんとした司法処理を行わず、うやむやのままに強制退去させたのは、主権国家の原則をねじ曲げ、国益を大きく損なう判断としか言いようがない」(中西輝政・京大教授=産経新聞5月5日)というのが国民の偽らざる思い。怒りは高まるばかりだろう。
 今回の「金正男事件」は単なる不法入国事件ではない。
 公安当局によると、これまで「金正男」が所持していたドミニカ共和国の偽造旅券には昨年10月に1回、同12月に2回、それぞれ日本に入国した記録が残っていた。滞在日数は1回につき5~7日と短期間で、うち2回は北京から、残る1回は東南アジアを経由して入国しているという(読売新聞5月14日夕刊)。今回はシンガポールからの入国だった。
 「金正男」が所持していた旅券はドミニカ共和国の本物の旅券との情報もある。だが、旅券そのものが本物であろうと記載されていたのは偽りの偽造旅券である事実は変わらない。かねてから北朝鮮が偽造旅券を作る本格的組織を持っていることはよく知られたことなのだ。
 昨年秋に逮捕された重信房子の偽造旅券も北朝鮮製。ちなみに日本赤軍と北朝鮮滞在のよど号グループの妻らが使用していた偽造旅券は発行年月日が同じで、番号も下1~3ケタが異なるだけの”製造元”が同じのもの。いずれも北朝鮮製と見られている。
 重信は北京を拠点に偽造旅券で8回も日本に出入国していたが、その間、香港やマカオ、東南アジアなども頻繁に出入りし、一方、よど号グループの田中義三容疑者が偽ドルを使用して逮捕されたのはカンボジアでのことだ(昨年5月に日本送還)。その田中が暗躍していたルートと「金正男」の移動ルートが一致しているとの情報もある。
 いったい「金正男」は日本で何をしようとしていたのか。
 産経新聞(5月10日)は「男性の訪日スケジュールを知る関係者は証言で、日本のある国会議員に会う約束があったとする。この議員は故金日成主席時代からの北朝鮮首脳との間で行われていた取引にかかわる人物で、今回は議員と金銭のからむ取引の用件があったのだという。関係者は用件の詳細は明らかにしないが故金日成主席が存命の時代から長年、水面下で続いている『北朝鮮ルート』が存在すると認めた。また、議員との面会以外にも別の複数の約束があり、相手は金一族と旧知の民間人という」と伝えている。
 韓国の月刊誌「新東亜」6月号によると「金正男」は北朝鮮のミサイル輸出代金を集金するために東京に来たという。それによると北朝鮮は最近、小型地対空ミサイルSAM16A三百基をイラクに輸出。イラクは、現金移動を隠すため、国際金融の中心地として大規模な金融資本が移動しているロンドンを選び、ここからミサイル代金をスイス、香港、シドニー、東京の秘密銀行口座に分散送金したなどと報じている(世界日報5月20日)。
 また「金正男」はITに強い関心をもっており、北朝鮮のIT部門の責任者をしており、今回の訪日でコンピュータ製品を入手しようとしていたとの見方もある。
 いずれにしても「金正男」の訪日目的はディズニーランド見物が隠れ蓑になっていることは間違いない。明らかに日本を舞台に「工作」活動を展開しようとしていたのだ。 折しも、5月中旬、大阪府警は覚せい剤密輸入で台湾人グループを摘発したが、調べに対して「北朝鮮や中国で覚せい剤を密造した」と供述しており、北朝鮮の覚せい剤疑惑が一段と広がっている。北朝鮮が外貨獲得のため麻薬製造を行い、欧州などで摘発事件が相次いでいるが、日本でも「北朝鮮ルート」は複数確認されており、こうした覚せい剤取引に「金正男」が関係していないのか、疑惑は深まるばかりだ。
 公安情報によると、過去の訪日に際しては日本に受け入れ体制があり、それは朝総連の裏の組織で文世光事件(朴大統領夫人狙撃)で文世光が射撃訓練したとされる東京都内の某病院の名が取りざたされているなど、大掛かりな「工作組織」が存在するのは確実と見られている。まさに「金正男」は日本を舞台にスパイ工作を展開していたといえよう。
 ところが、日本政府はろくに取り調べも行わず、やっかい払いのように北京に国外退去させてしまった。
 通常、不法入国を図ろうとした場合、入管難民法(不法入国)違反にあたり、入管当局には行政処分として強制退去させるか、それとも警察に刑事告発するかの二つの選択肢がある。不法入国者は身柄を拘束し入管施設に収容し、最長60日収容できる。告発して警察に身柄をわたせば、さらに23日拘束でき、最長で83日の身柄拘束が可能だ。日本で犯罪に関わっている疑いのある場合には入管当局が告発し、警察が同容疑で逮捕、日本の裁判にかけられることになっている。
 だが、「金正男」の場合、政府は「政治判断」であっさりと4日で強制退去させてしまったのだ。本来ならば、過去3回の不法入国歴があるから悪質と判断してしかるべきで、犯罪に関わっていないか徹底追及すべきところだった。それが金正日総書記の長男となればなおさらのことである。日朝交渉に差し障りが生じると考えたのか、「武力奪還」や「報復」を恐れたのか、いずれにしても小泉政権の弱腰は明白である。
 対北朝鮮政策では毅然とした姿勢が最も重要である。国家の毅然さを示すのが法体制の整備とそれを粛々と実施する行政体制の確立である。領海侵犯の北朝鮮 工作船をおめおめと逃した日本政府は、今回の「金正男」でも逃げの姿勢に終始した。原則なき日朝交渉の危険性を改めて示したいえる。
 まずは出入国管理体制の見直しとスパイ防止法の制定を対北朝鮮政策の第一歩にすべきではないか。

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