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憲法守って国滅ぶ もはや“解釈改憲”も限界

思想新聞2004年1月15日号【新連載・憲法改正そのポイント】1

 憲法論議がようやく地に着いたものになってきました。戦後日本を支配してきた「憲法の呪縛」から解放されて、与野党そろって改憲案づくりを本格化させています。論議から新案づくりへと駒を進めているのです。
 むろん、共産党と社民党は相変わらず「護憲」を叫んでいますが、こうした政党は国会では一割にも満たない少数勢力にすぎません。日本世論調査会の憲法問題世論調査によると(1月1日、地方紙など掲載)、憲法改正の容認・積極派は初めて80%を超えました。改憲はまさに国民の大勢になっているのです。
 では、いったい現行憲法のどこが問題で、どこを改正すればよいのでしょうか。本10回シリーズはこの点を探り、憲法改正の視点を提供していこうと考えています。

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 憲法とは一般的には国の基本法と位置づけられます。人が何人かで生活していく場合、何らかのルール、規範がなければお互いに生きてはいけないように、何百万、何千万人、ましてや何億人が共に生きる国家においては一定の秩序を維持する法規範がなければとうてい生存できません。
 そうした法規範は人為的に作られるというよりも、人々が持つ本来的な倫理観を背景に形成されているといえます。ジョン・ロックはこれを諸個人が「自然状態」で持つ生命、自由、所有への権利として「各人に固有(proper)なもの」と捉え、「プロパティ(property)」と呼びました。イギリスで発展してきた立憲主義の背景にはこうした考えがあります。
 むろん、「プロパティ」を神から賜ったもの、つまり神来性として捉える潮流(アメリカ独立宣言)と、人間至上の権利として捉える潮流(フランス革命と共産主義)の二つに収斂(しゅうれん)して、「戦争と革命の二十世紀」がもたらされたわけですが、いずれにしても自然権を侵しがたい人間の権利と捉え、同時にそれを守る義務を人々に課したことは憲法問題を考えるうえで忘れてはならない視点でしょう。
 その一方で、それは各人に固有なものだけでなく、長くその国や民族の固有の伝統として「国の個性」「民族の精神」を培い、それを背景にそれぞれの国で憲法が形成されてきたことも見逃してはならないでしょう。英語の憲法「コンスティテューション(constitution)」には体質という意味があるように、憲法は国の体質、いわゆる国体を体現するものといえます。
 憲法は国の目標、日本的にいえば政(まつりごと)と国家運営の基本原則、つまり治め方をはっきりさせる、そういう国家の基本法が、まさに憲法なのです。
 日本の歴史で見れば、大和朝廷が国家体制を確立しようとしたとき、聖徳太子によって十七条憲法が制定されました(604年)。もちろんこれは近代憲法とはいえませんが、国の基本原則を明らかにしたという意味では、実に憲法らしい憲法です。
 そして明治維新によって近代国家をスタートさせた際、大日本帝国憲法(明治憲法)が制定され(1887年)、さらに戦後、占領軍(GHQ)がこれを否定して「民主国家」を作ろうとした際、現行の日本国憲法が制定されました(1946年)。

 矛盾だらけの現行憲法

 今、私たちが問うているのは言うまでもなく、この現行憲法です。占領下に、それも既存の体制を否定するために制定された現行憲法は、そもそも多くの矛盾を内包していました。
 たとえば第一章では「天皇」を掲げながら「元首」と明記せず、第二章では国家にあるべき「戦力」を否定し、第三章では「権利と義務」をうたいながら義務をないがしろにし、あるいは「家父長制」を否定せんがために伝統的な家族観まで壊し、国家神道を葬り去るために宗教的基盤までをも国民から剥ぎ取ろうとしました。
 こうした矛盾を抱えつつ、制定から60年近く、九条解釈で象徴される姑息な“解釈改憲”という手法で現実生活に適応させてきましたが、もはやそれも限界にきました。このままでは「憲法守って国滅ぶ」になりかねません。現行憲法下の戦後体制が桎梏化し、あらゆる面で時代に対応できずにいるのです。

 論憲から改正の時に

 そこで2000年1月、衆参両院に憲法調査会が設置されました。それから4年経過し、調査や論議の段階は終わったといえます。自民党は来年11月の党創立50年までに、民主党は憲法公布60年の06年までに党独自の改正案をまとめるとしています。
 新しい酒は新しい皮袋に、です。時代は新しい憲法を求めています。日本国家と日本人のアイデンティティーを今一度、明確にし、21世紀にふさわしい日本国をめざして、いよいよ憲法改正の時がきたのです。

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