この記事は2011年3月17日に投稿されました。
東北関東大震災の被害が依然として広がっている。このままでは2次災害が起こりかねない。それは自然災害でなく、人間の判断ミスや怠慢によって起こるものである。そうした2次被害を出さないため、政府は全力を挙げて対応しなければならない。第1には津波被災地に救援物資が届いていないことだ。第2には東京電力福島第1原子力発電所で事故が相次ぎ、世界から警戒される危機的状態が続いていることだ。こうした事態を一刻も早く改善しなければならない。だが、菅政権はあまりにも対応が遅い。このままでは国民は菅政権によって2次災害の犠牲にさらされかねない。菅政権は政治パフォーマンスをやめて、真の危機管理に目覚めよ。
官邸の初動態勢は無難。自衛隊も即時出動した
大震災だけでなく一般的に危機に対応するには次の4つのレベルで対応する。すなわち①危機の予測・予知を早期に行う「早期警報システム」、②危機の発生を可能な限り未然に防ぐ「危機防止・回避システム」、③危機が発生した場合、被害を最小限にとどめる「危機対処・拡大防止システム」④危機を再び発生させない「危機再発防止システム」の4つである。これをそれぞれのレベルで機能させねばならない。東日本大震災の場合、①②は事実上、機能せず、現在問われているのは③の「危機対処・拡大防止システム」である。
この点については1995年の阪神大震災の教訓を踏まえ、さまざまな改善が行われてきた。まず地震発生直後の初動態勢作りである。阪神大震災では当時、村山首相(痛恨の社会党党首が総理)だったこともあり、出足はきわめて遅かった。兵庫県知事が自衛隊に災害出動要請を行ったのは発生4時間後、自衛隊が本格的に現地に入ったのは発生40時間後というお粗末さだった。これを教訓にして政府に内閣危機管理監が置かれるようになり、地震発生直後に迅速に緊急災害対策本部を設置することになった。自衛隊は1995年の自衛隊法改正で自主的出動が可能となり、2004年の新潟県中越地震では発生7分後に「第3種非常勤務態勢」(1時間以内に全隊員集合)を発令、発生36分後に偵察ヘリを出動させ、発生日のうちに第12旅団(群馬県椿東村=新潟担当)の旅団長が新潟県庁に入って司令部を設置することができた。第2普通科連隊(新潟県上越市)も小千谷市役所に指揮所を置いた。
今回の東日本大震災は3月11日午後2時46分に地震が発生、4分後の50分に首相官邸危機管理センターに官邸対策室を設置、52分に岩手県知事が自衛隊の災害派遣を要請、28分後の午後3時14分に官邸に緊急災害対策本部が設置された。自衛隊は午後3時05分に航空自衛隊三沢基地(青森)の戦闘機6機を被害確認のために出動させ、海上自衛隊第2航空隊からも偵察機が飛んだ。午後4時10分には第39普通科連隊(青森)初動対処部隊、午後5時20分には第20普通科連隊(山形)が被災地へ出発した。陸海空3自衛隊の計8000人、航空機300機、艦船40隻が直ちに投入された。こうした初動については現時点の情報ではそれほど問題があるとは思われない。
福島原発事故には最悪の無責任体制で失態の連続
問題は地震発生後の「危機対処・拡大防止」への対応である。とりわけ福島第1原発への対応は最悪のコースを辿っている。福島第1原発は午後3時00分に自動停止し、その後、原子炉を守る格納容器内の圧力を制御できない事態に陥り、午後7時03分に政府は原子力災害対策本部を設け、菅首相が原子力緊急事態宣言を発令した。ここまでは一見、対応は順調のように見える。だが、官邸には楽観論が漂っていた。対策本部設置の段階では原子力安全・保安院が「バッテリーは最低8時間もつから、すぐに炉心の燃料が傷つくことはなく、1日ぐらいの余裕がある」としたため、当初は半径3キロ圏内の住民の避難を指示するにとどめた。ところが電源車も使えず、想定外の事故が多発した。翌12日午前には1号機から放射性物質が漏洩し、国内初の炉心溶解が起きた。さらに午後3時36分には1号機の建屋が爆発した。この爆破事故はテレビで放映されたが、この報告が官邸に届いたのは実に1時間後だった。原発事故をめぐる情報は錯綜し、それによって避難指示もぶれまくった。しかも官邸、保安院、東電がそれぞれ記者会見し、情報も二転三転、会見内容も「確認中」を連発するお粗末さだった。
なぜ、こうした事態を招いたのか。それは1次情報を持っているのが民間企業である東京電力であるからだ。国難のときに政府が民間企業に依存しているのは異様と言うほかない。ようやく政府と東電が一体で危機に対応する「事故対策本部」を設置したが、それは地震発生から実に4日後のことだった。このような失態をさらしたのは原発事故への対応が無責任極まりわりないものだったからである。
強力な「司令塔」を構築しなければ危機は拡大する
政府の無策によって東日本大震災の「危機対処・拡大防止」が稼動しておらず、それによって危機が拡大し続けているのである。被災地では自衛隊、警察、消防、医療関係者、地域住民らが総力を挙げて救援活動に当たっているが、肝心の食糧や水、燃料、医薬品などが底をつき、低体温症で命の危機にさらされている人々が多数出ている。すでに避難所で亡くなられた高齢者が相次いでいる。さらに福島第1原発では事故が相次ぎ、危機的状態が続いている。一刻も早く事態を改善させねばならない。にもかかわらず、政府の対応は後手続きで、何一つ改善していない。こうした事態を打開するために菅政権は震災救援活動を向上させる強力な「司令塔」を構築しなければならない。
危機管理は司令塔が最も重要である。情報を一元化し、全体像をつかんで、高所から的確な方針を出し、危険度とりわけ複合的な危機に対処できず、人材をいくら投入しても烏合の衆になりかねないからである。危機管理は何よりも司令塔をどう構築するかがで決まる。ところが今回、菅政権は司令塔を構築しようとしない。どの地域で何が不足しており、どんな救援が必要なのか、情報が一元化されていない。いったい誰が指揮をとっているの、さっぱり分からない。だから被災地の人々は不安を抱き続けている。なぜなのか。それは菅首相、そして枝野官房長官、つまり官邸が震災対策を仕切って支持率低下を挽回しようとする邪(よこしま)の気持ちで臨んでいるからだ。菅首相がヘリコプターで現地視察したのはその最たるものだ。また蓮舫氏を節電啓発担当相に任命したり、辻元清美衆院議員を災害ボランティア担当の首相補佐官に任命したりしているのもそうだ。そういう小手先ではなく、今必要なのは質的かつ強力な司令塔なのである。それもやらずに、政治パフォーマンスに終始する菅首相は市民運動家であっても国家指導者ではない。このままでは日本国民は死に追いやられる。7日後になって仙谷前官房長官を再び副長官に据えて官邸機能の強化を図ろうとしているが、これも小手先にすぎない。
自民党の震災担当特命相と指揮系列強化策が現実的だ
1995年の阪神大震災では政府の初動が遅れた。これを教訓に自衛隊の自主的出動を可能にするなど法整備を図り、2004年の新潟県中越地震では初動は迅速だった。だが、救援・復旧で「震災関連死」が相次いだほか、仮設住宅の設置が遅れ、山古志村では「天然ダム」への対応が後手に回り、多くの地域が水没してしまった。これは救援・復旧支援に対する現地の司令塔が不在だったからである。その教訓を残しながら、今回、菅政権はこの過ちを再び犯そうとしている。
我々はかねてから米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)を参考にした危機管理態勢の確立を求めてきた。FEMAは緊急事態が発生すると、現地で司令塔を担う組織である。大統領から出動命令が出ると、その地域一帯を「超法規的」に支配下に置き、人命救助や避難所の設置、2次災害の防止など、あらゆる面で現地を仕切り、即決・即断で措置するのである。必要な資金も持参し、その場で支払って対応するほど迅速に対応していく。絶対命令権をもって対応するのだ。こうした辣腕を振るわないと有事には対応できない。
今からでも遅くないはずである。菅首相はFEMAをみならって強力な司令塔を現地に立ち上げるべきである。自民党は震災担当特命相の任命や官邸の指揮命令系統を原発対策と津波・震災対策の2系統に分離することを提言している。菅首相はこうした野党の声にも耳を傾けなければならない。現在の事態は本来、非常事態宣言を発して有事として対応すべきレベルの危機である。菅首相らはそれもせず、平時のような能天気な顔で記者会見に出てくるとは何事か。そもそもこういう事態に対応するために防災大臣がいたはずだ。国民は防災大臣の名前も顔も思い浮かばないのではないか。それほど影は薄いのである。小沢一郎氏や亀井静香氏といった辣腕政治家に現場指揮を取らせてみてはどうか。いずれにしても大物政治家を責任者に据えた強力な布陣で指揮命令系統を再構築しなければ国難は克服できない。
(お詫び 東北関東大震災の影響を受け、「今日の視点」を1週間にわたって休みました。こういう国難にこそ、発信しなければならないのに切歯扼腕です。今後は出来る限り毎日、発信していきたいと思っていますが、首都圏では計画停電をはじめ影響が残っています。ご理解ご協力よろしくお願いします。 国鱒)
2011年3月17日


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