思想新聞 1999年5月5日号 主張
広島県の高校長が卒業式での国旗掲揚・国歌斉唱問題を苦に自殺した事件をきかっけに、国旗国歌の法制化問題が浮上した。だが、卒・入学シーズンを終えた現在、法制化論議は棚上げ状態にある。今一度、国旗国歌問題を冷静に考えてみたい。
慣習法として現に存在する国旗国歌
「日の丸」「君が代」を国旗国歌として認めない共産党は、「国民が相談を受けたことは一度もないし、国会で決めたこともない」(赤旗号外)として、法律的根拠がないから国旗国歌ではない、といった宣伝を展開している。だが、これはまさにデマ宣伝である。
それは私たちの社会生活において守るべき規律・ルールが、法・道徳・慣習から成っており、法律がすべてではないことからも知れよう。言うまでもなく、法は「国の物理的強制力を背景に、人々の外面的行為を規制する規範」である。これに対して道徳は「個々人の内的な良心に基づいて守られる規範」であり、慣習は「自然発生的に生じた社会の中での標準的な行動様式」とされている。
なかでも慣習については、法律と同一の効力を持っていることが、当の法律に明記されていることを忘れるべきではない。これが慣習法と呼ばれるもので、明治31(1898)年に制定された「法例」(法律第10号)第2条に「慣習法」として、「公の秩序または善良な風俗に反せざる慣習は、法令の規定によりて認めたるもの及び法令に規定なき事項に関するものに限り、法律と同一の効力を有す」と記されているところである。
この法例は戦後、4度の改正をみており(最近では平成元年)、けっして戦前の「効力のない古い法律」ではない。つまり、現に生きた法律であり、この中で明記されているように、慣習は法律と同一の効力を有しているのである。
「日の丸」が国旗であることは、れっきとした慣習法なのである。明治3(1870)年1月、太政官布告57号によって日本の商船に「日の丸」を国旗として掲げることを決め、1899(明治32)年に制定された船舶法では日本船舶に国旗掲揚を義務化。今日にいたるまで「日の丸」を掲揚していない船舶の船長には罰金刑が課せられているのである。
船舶法かつ慣習法で矛盾はなし
共産党は、船舶の「日の丸」掲載の根拠について川崎運輸相が「慣習法」と答え、これに対して運輸省課長が「船舶法」と答えたことをとらえ、「政府のなかでさえくいちがっている」(赤旗号外)として、あたかも法的根拠が曖昧であるかのような印象を国民に与えようとしている。
だが、これは船舶法のなかで国旗掲揚が義務化され、国旗として「日の丸」が慣習法として使用されているのであり、答弁にくい違いがあるわけではない。
「君が代」もまた、歌詞は「古今和歌集」、曲は宮内省式部寮雅楽課が明治12(1880)年に作曲して以来、国歌として斉唱され、慣習法として正当性を有している。昭和52(1977)年に学習指導要領が改定された際、教育課程審議会が「君が代」を国歌と規定したが、きわめて正当な行為である。
したがって、国旗国歌は法律として国会が決めなくても、現に法的根拠以上の重みをもって存在し、これを国民が伝統として厳粛に受け継いでいくことこそ望ましいことが明らかであろう。それが歴史と伝統のある国の生き方である。
それでもあえて法制化しなけば、学校現場などに支障がきたすというなら、船舶法のように罰則規定を明確にするのが筋である。


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