思想新聞2002年12月15日号【視点論点】
衆議院憲法調査会会長
中山 太郎氏
日本の命運決する憲法論議
国会両院に憲法調査会ができて2年10カ月になる。この間、同調査会ではまず、憲法成立の経緯について議論が交わされてきた。それが与野党参加しての公開の場で議論するということに大きな意義がある。
というのも、野党が欠落した部分で議論するというのは結局、民主的憲法の議論としては整わないからだ。かつて昭和32年(岸内閣時)にできた憲法調査会では、社会党、共産党など野党は参加しなかった経緯がある。だから国会の場で、各党が正式に入った形で調査会を開くという大義のためには、耐え難きを耐え、苦労しながらようやく各党参加できるということで日本の法律をどうするか、というところまでこぎ着けた。
憲法調査会はおおむね5年の期限で調査・審議を続けることになる。設置規定の中に「中間報告を出すこと」とあるので、私は年初から中間報告について申し上げてきた。
国会で議論した部分はすべて公開され、議事録が残っている。だから中間報告書はまとめる必要はない、と社民党と共産党は主張していた。しかし中身はあまりに膨大なものなので、公平中立な立場で事務局に提出しまとめてもらうということになった。
事務局がまとめた報告書の中にある前書きに、私は次のように記した。
昭和20年8月15日に日本はポツダム宣言を受け入れ無条件降伏した。同年に衆議院は解散され、明くる年に憲法草案がスクープされた。それを否認したマッカーサー司令部の主導でわずか3週間でいわゆるマッカーサー草案がつくられた。その後、4月に衆議院議員選挙が実施され、新しい国会で憲法草案が議論され、一部、芦田均議員による9条第2項の修正案、いわゆる「芦田修正」が受け入れられるなどの経緯を経て、現在の日本国憲法が成立した。
以上のような憲法成立までの歴史的経過をそのまま言及してきた。
ただし沖縄については、日本の独立主権回復後も米国の占領下にとどまったため、現憲法は沖縄を念頭に置いて作られたものではなく、本土復帰まで施行されなかった。
そうしたことも含め、今度は歴史的経緯の調査が全て終了した後で、違憲立法審査権を持った最高裁判所が、違憲訴訟においてどのような判断を下してきたかを、確認のため調べてみた。すると、どうも最高裁では行政に関して、これまで「違憲」判決を下すことを意図的に避けてきたケースが多かった。この点も報告書には記載した。
調査会では国会会期終了後海外視察を行い、独・伊・仏・スイスなどを視察したが、どの国も憲法改正を行っている。
またさらに、「21世紀の日本のあるべき姿」という項目を掲げ、法律の専門家以外にも自然科学の専門家を招いて科学技術の進歩が人類の生活にどのような影響を与えるのかなども確認した。国際社会や政治機構における日本のあり方、そして地方自治や人権についての議論も交わされた。
また小泉首相が言及した首相公選制について、イスラエルの制度などを調べた。しかしこれは、国民が投票で選んだ首相は国家元首にあたる。日本では天皇が元首的立場なので国情にそぐわないと反対意見が多かった。
そして、旧共産圏だったソ連なども憲法改正を行っているし、王立制度を残すオランダ・スペイン・イギリスも改正している。アジアではタイや中国、韓国など、全部改正している。特に印象的だったのはロシアの国家再生委員の「グローバリゼーションの進む中では憲法改正抜きにやっていけない」との発言だった。
今や、国会議員の75%が憲法改正に対して前向きの立場を取っている(社民・共産を除く)。
憲法改正について、公明党はこれまで「論圏」と言っていたが、今年の党大会で「加憲」ということをいうようになった。これは全103条に新条項を加えるというもの。保守党賛成、自由党は賛成、民主党も賛成の議員が少なくない。今後は現実と憲法との乖離の問題を議論していく予定だ。
あと残された期間は2年あまりだが、今後総選挙などの日程を考えると、最終報告をまとめるまで実質的に活動できるのは、一年半という限られた時間で、結論を出さなければならない。それが今後の日本の命運を左右するような報告書となるであろう。(11月20日、新しい憲法をつくる研究会での挨拶より、取材・文責=編集部)


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