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国際法が「自然な家庭」を破壊する・上

思想新聞2003年9月15日号【視点論点】

米世界家庭政策センター理事長
リチャード・ウィルキンズ博士

国連協議が即「慣習法」に

 20世紀後半、人類はかつてなく多くの変化を経験した。社会機構の変化は人間生活のあらゆる領域に急速に影響を与え、中でも父親、母親、子供からなる「自然な家庭(natural family)」に特に大きな影響を及ぼした。その驚くべき進展の原因のうち、社会革命を牽引する特定のエンジン、つまり未曾有の速さで発達する国際法に焦点を当てたい。
 国連主催の諸会議は、自然な家族の姿を劇的に変化させる「規範」を宣言する。だがこの社会的実験が正しいか否か疑わしい。信頼すべき経験的証拠は、長年にわたり確立された結婚、家庭、母、父、子という自然な制度が、男性、女性、殊に子供たちの社会的健全性には不可欠だ、という結論を支持している。さらに社会科学的証拠は、社会が自然な規範から離脱するほど、家庭の子供たちがより虚弱になることを示している。しかし残念ながら、恣意的な意図を持つ国際的「ヘボ修繕屋」が、世の社会を加速度的に虚弱化させている。
 過去十年間、国連は「世界の政策立案者」という、新しい役割を担うようになった。国連子供サミット含め、最近の会議は規範設定に有力なイベントだ。さらに、これら会議からくる宣言は、強制力のある国際法の内容を形成し確立する上で、大きな役割を果たすようになりつつある。国連の会議での宣言は、今や国際的政策のみならず、国内政策までも左右するようになっている。
 今日、国際法は非常に重要になった。それは現代国際法が国家の義務だけでなく、子供を含む個人の権利に関わることまで扱うようになったからだ。
 さらに国際的慣習法は世界中の市民の権利を形成する上で、大きな役割を果たしている。かつて国際慣習法の成立には数世紀を必要とした。国民国家が一律に一貫した実施を何度も繰り返すことにより形成されたからだ。
 だが最近、国際的慣習法は(少なくとも重要部分では)国連の会議において法的言語を繰り返せば形成できる、と論ずる学者が現れた。ある学者が断言したように、協議で承認された言葉は、「十分な回数と十分な頻度で繰り返され黙認されれば、最終的には法としての地位を獲得する」。つまり、国連の国際会議で協議され採択された内容は、ある状況下で即席の国際慣習法となる可能性があるのだ。
 これは重大で厄介な新しい現象だ。慣習法は、たとえそれが特定国の慣習的規範と一致しなくとも、その国家に対する拘束力を有する。結果的に、法的拘束力のない国連の会議の宣言であったにせよ、それらの文言が将来の会議で繰り返されれば、拘束力を持つようになり、やがて国際法として支配するようになっていく。
 比較的最近まで、「結婚」「家庭」「子供の権利」といった概念は、通常は国際法の概念と結びつくことはなかった。家庭や婚姻に関する法律は、固有の文化的・宗教的規範と密接に結びついているので、国際社会は結婚や家庭に関する問題を国際的規模で規制しようという努力をまともにはしてこなかったのだ。しかし人権問題が国際会議における議論で重要性を増すにつれ、結婚や家庭の構造が最近の国際会議における中心的討議事項となってきた。
 こうした議論の結果、奇妙な現象が起こってきた。女性の社会的・政治的地位を向上させるため(それ自体は称賛に値する目標だが)、国際法は結婚、家庭、及び育児という長年確立された概念に対し、異常なまでに敵対的になったのだ。その結果、結婚、父親、母親、及び子供は、即時の「解決」を要する文化的・経済的な「問題」として提示されるようになった。
 その「解決」は二つのイニシアチブに焦点を合わせる傾向がある。一つは、国際的な堕胎の権利を要求することにより、女性を育児の重荷から解放しようという試み。二つは、自然な家族の脱構築(de-construction)だが、これは、①宗教的信仰が不適切で危険であるとの主張②両親の権威に対する攻撃③男女の一対一の結合は唯一のあり方ではないとの主張④子供たちは広範な自立的権利を付与されるべきであるとの提案――という四段階で進行する。
 これらの「解決」は、国際的慣習法に匹敵するほどの敬意を払われるものであればあるほど、世界中の国内法をラディカルに再構築する可能性がある。
 世界的に堕胎の権利を与えるよう要求する試みの典型的な一例は、「女子差別撤廃条約」の解釈を担当する委員会により行われている。同条約そのものには堕胎に関する記述は一切ないにもかかわらず、この委員会は繰り返し堕胎を制限している政府を批判している。(取材・提供=IIFWP事務局&『平和大使』)

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