思想新聞 2000年1月5日号
西暦も新しい2000代に突入した。2千年の歴史を持つキリスト教、4千年のユダヤ教では大変意義深い「ミレニアム」(千年紀)を祝い、世界各地で華やかなセレモニーが催されている。「私たちはどこから来たのか、何者なのか、そしてどこへ行くのか」というゴーギャンの絵画のタイトルのように、「千年紀」のスパンを見ると現在の我々を基点として「来し方行く末」を考えざるを得ない。
例えば千年前は、キリスト教とイスラム教の対立が激化、神聖ローマ帝国の成立から十字軍戦争へと向かう時代だった。すでに8~9世紀において東の唐帝国、西のイスラム帝国とアジア文明が頂点から下降線をたどるが、日本では平安文学などが花開。その後「大変動」として訪れたのが、チンギス・ハン以来のモンゴル帝国である。わずか半世紀の間に日本を除く大陸の東端からロシア・東欧までの一大版図を築き、イスラム世界をも再編。このモンゴル帝国の登場こそ、まさに「世界史」という概念をもたらした。
2千年前は、地中海の覇権を握ったカエサル、次いでアウグストゥスに始まる帝政ローマが三大陸にまたがる帝国を築いた、いわゆる「パックス・ロマーナ」時代である。この版図がほぼ初期キリスト教の伝播地域で、「ヨーロッパ」概念の核となる。
サミュエル・ハンチントン教授が「文明の衝突は世界平和の最大の脅威であり、文明に依拠した国際秩序こそが世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置」と強調したのは、ポスト冷戦でイデオロギーが効力を失った今、基底にある文明や文化のが世界を左右する主要因であることを意味する。
冷戦時代にしきりに論じられた核戦争の悪夢。人類は今のところこの「破局」から免れているが、今後の保障はどこにもない。「文明の崩壊は外圧に拠るのでなく内部から起こる」とした歴史家トインビーの警句を、忘れるべきではないだろう。
「世界」が「近く」なる
さらに、この千年紀に世界はますます近くなる。16世紀、初めて世界周航したマゼランのクルーは、ポルトガルに帰還するまで丸3年を要したが、100年前には数カ月、そして今日では1日で可能なほどに縮まった。世界は、遠い存在から身近なものになり、その近づく速度はさらに加速していくだろう。その一翼を担うのが通信分野の革新である。物理的に移動するのはもとより、インターネットの急速な普及で新しいコミュニケーションの形が拓けてきたのである。
そして、人類にとって切実なのが人口問題。大航海時代に5億人だった世界人口は99年秋、ついに60億人を突破。21世紀半ばには100億人に達する。したがって、いよいよ地球は人々にとってより一層、狭い惑星に変わっていく。となれば、人々は国境という人工的な垣根の中だけで生活することは不可能になるだろう。科学技術の発達は、まちがいなく世界を1日交通圏・生活圏へと導き、人もモノも情報も超スピードで世界をめぐることになる。経済もEU(統合欧州)やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)、あるいはNAFTA(北米自由貿易協定)やメルコスール(南米南部共同市場)などの経済共同体を軸に、世界一大共同市場へと発展。
新ミレニアムの価値観
昨春のNATO(北大西洋条約機構)軍によるユーゴ空爆は、人権や人道といった「人類共通の価値観」が内政不干渉の原則を柱とする国家至上の「20世紀的価値観」に優先するという新ミレニアムの価値観を示唆した。そこでグローバルな社会的ルールづくりとその維持(安全保障)が主に世界機構と国家の役割として絞り込まれることになり、その他の分野では「非政府組織(NGO)が役割を果たすスーパーストラクチャー(国家主権を超えた枠組み)の構築が模索される」(田中直毅氏)ことになる。
新エネルギーの開発
また新ミレニアムでは、新エネルギーの開発などの科学技術も、環境問題とリンクしてくるし、先進医療やバイオテクノロジーでも、医療倫理や生命哲学という価値観とは切り離せなくなる。
例えば文明を支えてきた化石燃料は二酸化炭素を排出し、地球環境を悪化させている。97年の地球温暖化防止の京都会議では、炭酸ガスの排出量を次の10年で先進国全体で1990年レベル比5.2%削減を決めた。そもそも石油などの化石燃料は埋蔵量が限られ、50年後には枯渇するため、それに代わるクリーンエネルギー開発が緊急課題となっている。それが太陽・地熱・水素・風力・バイオマス等のエネルギーだが、いずれもコスト高だ。
一方、東海村の臨界事故で厳しい局面に立たされた原子力。原料のウランが今後60年ほどで枯渇すると見られ、使用済み燃料を繰り返し使える「核燃料サイクル」開発の先陣を切っていた日本だが、原子力は依然、貴重なリリーフ役だ。
最もクリーンかつ有効な夢のエネルギー、核融合は21世紀中葉までに具体化されよう。これは、核分裂と違い有害な放射性廃棄物が生じないが、開発には巨額の資金が必要だ。
課題となるエゴイズム克服
かつて秦の始皇帝が不老長寿の薬を求め徐福を日本に遣わしたと記録されるように、人類の誕生から一種のロマンのように想像力をかき立ててきたのが、「不老不死」の問題である。これも、「ヒトゲノム計画」により老化遺伝子が解明されれば、技術的には操作できるかもしれない。だが数多くのSF作品を繙いても、実現されていないのは、エゴイズムの克服であり人間の「内的変革」である。
松井孝典東大教授は「誕生以来拡大に次ぐ拡大を続けてきた人間圏が巨大になりすぎたため、人間圏を成立・維持させている地球システムからの物質の流入に負のフィードバック作用がかかり始めた」のが現代であり「環境ホルモンなど人間圏からの流出物が生物圏などを通じて再び人間圏へ流入し、それがまた人間圏の拡大に負のフィードバック作用をもたらし始めた」時代だと位置づける。
人類が宇宙を舞台に活躍する時代がこのミレニアムにはやってきそうだが、その時こそ、地球という生態系全体を考慮する「ホーリズム」の思想が必要となってくる。
エゴイズム克服には不断の努力が重要だ。例えば右肩上がりの消費社会が産み落としたゴミ問題は、ゴミを宇宙に廃棄しても根本的な解決にはならない。松井教授は、地球システムからレンタルした資源を人類が活用するという発想の「レンタル型社会」を提唱。また、村上和雄筑波大名誉教授は「人間は自分の力だけで生きているのではなく、人間業を超えた大自然の不思議な『サムシング・グレート』に支えられている事実を知ることで、本当の自制心が生まれる」と説くが、そこにヒントが隠されているのではないか。

▲村山節氏による『文明の800年周期説』の模式図。それによれば新しいミレニアムは「新アジア文明の時代」がやってくるということを予測している。EUの通貨統合が注目されたが、APECなど、環太平洋地域に電子・半導体産業が集中していることを考慮すると、あながち的外れとは言えないだろう
21世紀に予測される主な出来事
〈新ミレニアムへの世界の潮流〉

2001年 中央省庁が1府12省庁にペイオフ解禁
2002年 欧州単一通貨ユーロが市中で流通
日韓共催サッカー・ワールドカップ
ASEAN自由貿易地域(AFTA)創設
2004年 NASAの探査機が土星に到達
日米欧などの国際宇宙ステーションが完成
2005年 愛知万博
青森県で使用済み核燃料再処理工場が操業開始
米州自由貿易地域(FTAA)創設
2006年 ドイツで時速500kmの超高速リニア鉄道が開通
#環境税導入
2007年 日本の人口がピークに到達、以降減少の見込み
#エイズのワクチン開発
2009年 中国で三峡ダムが完成
#エイズ治療法の実用化
2010年 テレビのアナログ放送の打ち切り
北極のオゾン層破壊がピークに
2012年 NASAの探査衛星が冥王星に接近
#がんの転移機構を解明
2013年 厚生年金の基礎年金部分の支給開始年齢が65歳に
世界人口70億人に
2015年 日本の人口の約4分の1が65歳以上の高齢者に
2018年 #生物の老化機構を解明
2020年 代替のフロンのHCFC全廃
2023年 #数日先の大地震予測技術を開発
2025年 #脳とコンピューターを直結する技術を開発
#高速増殖炉が実用化
2028年 世界人口80億人に
2050年 インドの人口が15億人で世界一に
オゾン層が1980年代はじめの水準にまで回復
2054年 世界人口90億人に
2062年 ハレー彗星が接近(#は科学技術庁が97年に発表した技術予測調査による予測)
〔日本経済新聞参照〕


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