思想新聞2003年3月15日号【大会特集】
《要 旨》
家庭崩壊は「悪魔の戦略」日本を変形共産主義から救え
21世紀を迎えた世界は今、未曾有の変換期にある。20世紀の課題を挙げると、宗教と人種間の抗争としての中東問題をまず挙げることができる。その象徴がイラク問題だ。これまでは国家主権とイデオロギーの対立、私たちはこれをソ連を中心とした国際共産主義の問題、つまり体制としての共産主義の問題と意義づけてきた。
体制としての共産主義の狙いは、国家と国家を構成する基幹産業を破壊すること。それはソ連崩壊で姿を消したかに見えたが、「変形共産主義」として残っている。
国家と基幹産業の後に残るのは、家庭と青少年の問題。この破壊により、平和と繁栄、幸福な世界の実現を阻止する。この悪の目論見が、まさに変形共産主義の本質だ。
この人種・宗教の対立、いわゆるパレスチナ問題に現れる。イスラム教とキリスト教との対立、そしてさらに核兵器や生物化学兵器などの大量破壊兵器という問題が絡んでいる。根底にはテロ問題があり、もっと奥には戦略物資としての石油問題が絡んで複雑な様相を呈している。
テロ組織に共通する「疑似宗教性」
かの9・11同時テロ問題に関してテロと戦争の違いとは、前線と銃後の区別があるか否かだ。テロはむろん、その区別がない「仁義なき戦い」だ。宗教間の対立・分裂と抗争がその背景にあり、宗教そのものの問題よりも、宗教を信じる人々の「自分の宗教こそ絶対」という独善・排他・非寛容がその原因だ。ところがそれを捕え、宗教自体を否定してはいけない。
宗教とは人類の精神的遺産の結晶体。それを否定することは人類歴史の最も尊いものを失ってしまうこと。だが実際、フランスや中国、そして日本の一部に見られるのは極めて憂慮すべき事態だ。
今日、テロ組織のタリバン、アルカイダに象徴されるのは、「疑似宗教」だと言える。そして任務のためには死をも厭わないという過った殉教精神が深く根を下ろしている。それは北朝鮮における金日成・正日父子による「主体思想」にも通じる。先に引き揚げられた工作船も、発覚した場合必ず自爆する「強制された殉教」で、擬似的な儒教精神だ。
韓半島の問題では、北朝鮮は核やミサイル、拉致などの問題があるが、中近東よりもっと複雑な思想的問題が関わる。昨年末の韓国大統領選に見られるように、韓国社会も徐々に変化している。対北強硬路線を掲げ本命視された李会昌氏が敗れ、金大中政権の太陽政策の継承を唱え、対北宥和政策を採る盧武鉉氏が当選したからだ。これは世代交代が進み、戦争を知らない世代が中核を占め、北朝鮮が脅威ではないと考える人が多数派になった。逆に反米感情が強まっているが、極めて憂慮すべき情況である。
そして盧新大統領も、パウエル米国務長官や小泉首相との会談でも気になる発言をした。本来、日韓米という揺るがしてはならないはずの同盟関係の結束より宥和という名の下に、むしろ南北宥和や、対中・ロシアとの新しい関係を深めようとの意図が見え、かなり憂慮すべき外交戦略だと言わざるを得ない。
だが米国には明確な哲学、国家戦略がある。それはまず、民主主義を守ること、自由貿易・市場経済を守るということだ。そして信仰の自由を脅かす存在に対しては、力をもってでも示す。それが、共和党であれ民主党政権であれ変わらない。その観点からすると、ブッシュ政権として、どうしても看過できないのがまずテロ問題、そして石油問題というわけだ。
韓半島問題をめぐり中国やロシアがどう動いてくるのか、これを米国としては十分注視しながら対応をする必要がある。だからイラクと北朝鮮を同時攻撃という余裕は米国にはないはずだ。
しかし米国とイラクには「蜜月から対立へ」という20年来の関係がある。米国の戦略には、宗教的理念と同時にマキャベリズムで動くという二重性がある。この二重の論理構造が働く場合が時にある。「敵の敵は味方」というものだ。今日の軍事大国・イラクを生んだのは米国自身だった。それはイランとの戦いのために、武器弾薬ミサイルなどすべて米国が与えたものだ。それが逆に米国の最大の敵になる。これは大きな矛盾だが、米国は自分がまいた種を自分で刈り取らなければならない側面があるのだ。
とは言え、イラクの行為は絶対に正当化することはできない。生物化学兵器を自国内の少数民族であるクルド人や反フセインの立場を取る人々に対し用いたのは、人道的見地からも許されぬ行為としか言えない。
北朝鮮に対しても日韓米が一体となり、いかに「ならず者国家」を収拾しソフトランディングさせるか、注意深く模索する必要がある。
さて次に、日本で看過することができないのは、家庭崩壊と青少年の倫理的退廃をもたらす教育の危機の問題だ。
日本には国家としての基本戦略が欠けている。政治家にとって国の基本は憲法だが、国民にとっては憲法以上に教育だ。教育の危機は教師の危機、ひいては教育の危機は国家の危機。日本は国家としての基本戦略を欠くがゆえ、教育の危機が引き起こされている。
有事法制、スパイ防止法の制定・整備は言うまでもなく、さらに国民にとって教育基本法、青少年健全育成法、有害環境保護法の制定を求めていくのは当然だ。しかし中教審答申で憂慮すべき問題は、愛国心、公共心はもとより、宗教的情操を育む、ということに関し触れないばかりかむしろ排除する、という動きがあることだ。そして、男女共同参画問題でのジェンダーフリーの陥穽は、すでにスウェーデンにおいて四十年も前に過った政策として「実験済み」のことだ。すなわち性差を撤廃し、男女の役割分担を徹底的に排除した結果、国としての活力を喪ったばかりか、フリーセックス、つまりホモとレズビアンの天国となってしまった。現在の日本は、その滅びの方向へひた走っている。父性・母性の区別をなくし、固有の文化・歴史そして家庭の価値を否定する、これにより招来する家庭崩壊はまさしく「悪魔の戦略」と見なさざるを得ない。
確かに、日本社会は変わらないといけない。しかし、どう変わるのか。その変わるべき方向性が示されず、改善か改悪か、むしろ改悪の方向に働いているのではないか。ここに、共産主義の巧妙な戦術である「言葉の魔術」がある。概念の濫用、一つの言葉がいくつにも取れるような語義の多義化がある。例えば、相手の矛盾を捉えて徹底的に攻撃することを「話し合い」と言い、「粛正」を「総括」と称したのだ。このように民主的価値観を破壊する戦略を今も採る。さらに戦後、法曹・マスコミ・教育界、労働組合を通じて共産主義が浸透し、日本を内外から攻撃して崩壊に導こうとした変形共産主義のターゲットは、家庭と青少年にある。
21世紀に必要な世界ビジョン
こう考えると21世紀の私たちはいかなるビジョンを考えるべきか。第一に、平和な世界を実現し、人種・宗教・民族の壁を超え「人類一家族」社会、「地球家族」を具現化していくこと。第二にはアジア太平洋時代が到来しつつあるということ。第三には霊的・精神的文化の時代が到来するということである。
しかし歴史の教訓は今日の問題を顧みると、人間のみの発想の限界をまざまざと示している。その困難と不幸の根本原因は、どこにあるのか。実は他者や外部にあるのではなくて、「私」自体の内にあると言える。
人間は心と体から成り、不可分の関係になっている。心は真美善という価値を追求し、一方肉体は、衣食住性といった物質的価値を追求する。イエスは「人はパンのみに生きるにあらず」と言った。言うまでもなく、つまり精神的価値を主体としてそれに物質的価値を従わせるのが、人間本来の生き方である。
だがそれと正反対なのが、今日の世俗的人本主義、神なきヒューマニズムであり、その代表的国家が日本となってしまっている。では日本がいかにしてそこから脱却するのか。答えは一つしかない。すなわち、人智を超えた天運・天道、あるいはキリスト教的に言えば神の摂理という観点から歴史を見直す必要がある。単に特定の宗教とか宗派の主張ではない。それは、宗教の持つ歴史的・精神的遺産を見つめ直していかなければならない、ということである。
歴史の目指す方向性に一致、つまり神と霊界の実相を知って初めて可能となる。そこには天運の法則、歴史の中心がある。
そこで本連合の創設者である文鮮明総裁の理念を紹介したい。神と人類の恒久的平和に対し身を捧げて来られたのが文先生であると言える。
文総裁の教えは二つに要約できる。為に生きる愛、投入して忘れるという愛だ。「神は人類の真の父母、先生、主人」という考え方。つまり人類が神に似た「真の人間」になることで真の平和世界が生まれる。その理念が統一思想・勝共理論だ。
第二は、「怨讐を愛すること」である。宗教こそは人類の叡智の総結集であり、それを否定し無視することは「悪の仕業」と言わざるを得ない。無神論的共産主義と世俗的人本主義の最大の悪は、宗教を否定しさることにほかならない。日本にも一部、このような動きが着実に浸透している。
最後に、世界平和実現のための具体的方針は何か。第一には「怨讐国家」同士の姉妹結縁と国際結婚にほかならない。
第二に、世界平和実現の一番の基礎は「真の家庭」づくり。そこに結びつくのは世界的純潔教育と真の家庭運動で、これが何としても重要だ。
第三は、超宗教・超国家・超人類的な和解と協力が必要だ。それゆえ国連の改革が必須。国連はただ単に国益を代表する政治のみの追求の場であってはならない。そのために、文字通り世界の良心とを代弁する宗教議会を国連につくるという準備を進めている。そこから派遣されるのが、「平和大使」である。
そのためにも、日韓米が一体となってまさに21世紀の太平洋文明を建設する使命がある。
(構成・文責=編集部)


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