思想新聞2002年11月1日号【マスコミ論壇ウオッチング】
日本人の国民性の危うさの一つとして、長いものには巻かれ、個々人は自なりの意見をもっていないのに、一たび全体の意見一つの方向に向くと誰も彼も同じ方向を向いて一目散に駆けるという点がよく指摘されることである。
この間まで、「北朝鮮による拉致(らち)などありえない」と言い放ち、被害家族の懸命の訴えに耳を貸そうともしなかったほとんどのマスコミや、政党、政治家は、北朝鮮の金正日国防委員長が拉致の事実を認めるや、手の平を返したように、今ではほとんどの人々がまるで前々からそうであったかのように、北朝鮮非難の大合唱に加わっている。今回もまた、日本人特有の悪しき面が表に出てきてしまったといえそうだ。
このような状況を目の当たりにすれば、孤立無援で救援活動をしてきた人たちは、安倍晋三官房副長官でなくても、土井党首や菅直人議員の過去の言動について「ぬかりがあった」と言い放ちたくもなるだろう。
10月23日付『産経新聞』朝刊で、「産経抄」のコラム二ストはNHKや『朝日』など大手メディアがいまだに「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」との言貴い直していることについて批判している。
ところが、10月21日付の『朝日新聞』朝刊の看板コラム「天声人語」の次の箇所を読んで気が重くなった。
「国家とのつきあいは悪人とのつきあいに似ている。だまし合いをしながらも一定のルールがある。ところが、このところ様子が変だ。拉致事件を起こした国のことだが、核兵器開発を進めていると表明したそうだ」
国のトップが拉致を認め、拉致事件に対する北朝鮮の責任が明白になった今日においてなお、『朝日』は何故、北朝鮮を「拉致事件を起こした国のこと」というように遠まわしに表現する必要があるのだろうか。
「婉曲」、「ほのめかし」がインテリの証明とでもいうかのような「天声人語」の表現をみる限り、『朝日』がイデオロギーの呪縛から解き放たれ、事実に即した報道ができるようになるには相当の時間がかかりそうだ。


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