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社会保障政策の課題 「家族解体論」を排除せよ

思想新聞2001年4月15日 主張】

 政府・与党の社会保障改革協議会はさきごろ「社会保障改革大綱」をまとめた。大綱は医療や年金、財源などの問題で改革の基本的な考えを示したもので、その骨子は高齢者にも経済力に応じて負担を求めている。たしかに少子高齢社会において社会保障の財源問題は深刻で、政策の確立は焦眉の急だ。だが、政府の進める社会保障政策に「家族解体論」が紛れ込んでいるように見受けられる。社会保障政策は「家族の絆」を第一に推進されなくてはならない。

専業主婦を敵視する公平負担策

 政府・与党がまとめた「社会保障改革大綱」は、少子高齢社会が進展する中で給付を受ける側と負担する側の不公平感が強く意識されているとし、その対応策として所得や資産を持つ高齢者の能力に応じた公平負担、老人医療費の伸び抑制のための枠組み構築、現年金保険料の引き上げ凍結の早期解除などを提言し、その具体案は今後検討するとしている。
 この大綱は昨年10月下旬に首相の私的諮問機関である「社会保障有識者会議」が最終報告としてまとめた「21世紀に向けての社会保障」をもとに作成されたが、ここで警戒が必要なのはこうした政策の中に「家族解体」を促しかねない危険な考えが入っていることである。
 たとえば、世代間の公平負担を求めるために負担能力のある高齢者に適切な負担を求める一方、女性の就労を促進して、保険料を広く徴収することを強調している。つまり保険料を広く徴収する方策として「世帯単位」となっている徴収の仕組みを「個人単位」化し、とりわけこれまで保険料を納めていない専業主婦(サラリーマンの配偶者=第3号被保険者)からも保険料をとり遺族年金を廃止する方向性を打ち出している。
 こうした政策は世代間の損得論に目を奪われすぎており、しかも社会保障の在り方を「家族」から「個人」に置き換えようとする意図が強く打ち出されている。まるで専業主婦を悪と位置づけ、社会保障を「個人」に帰結させ、主婦もその負担を担うために「労働」に就けと言わんばかりの内容といえる。 
 このような家族軽視は首相の諮問機関である「男女共同参画審議会」が昨年9月に提出した「男女共同参画基本計画策定に当たっての基本的な考え方」との答申にも表れている。
 たとえば同答申は「わが国の社会制度や慣行には『世帯』に着目して個人を把握する捉え方をとるため、結果的に男女に中立的に機能していないものが少なくない」と述べ、「家族」から「個人」への転換をめざそうと、夫婦別氏(別姓)制度の導入、家族に関する法制や配偶者に関わる税制、国民年金制度における被用者の被扶養配偶者(第3号被保険者)、遺族年金や夫婦間での年金権などを見直し、さらには企業の配偶者手当等の改正など、要するに家族単位を個人単位に改めようと提言しているのである。
 この答申は、これまで日本社会で営まれてきた伝統的な家族、つまり夫婦や世帯を一つの単位として捉える家族観に基づく制度や慣行をやめさせようとしているのである。
 これは介護問題でもいえる。介護保険制度がスタートして4月に1年が経過したが、朝日新聞3月31日付の社説は「『介護の社会化』の思想が社会に定着」してきたと書いている。「介護の社会化」の思想とは何かというと、林道義・東京女子大教授は「思想としては『すべての人間活動の社会化』を目標としている…(社会主義者が狙っているのは)社会福祉としての『介護の社会化』ではなく社会主義思想からくる『社会化』政策だという点である」(『家族破壊』徳間書店)と指摘している。

背後に共産主義の家族解体論が存在

 かつてマルクスとエンゲルスは家族を男性が女性を支配する「最初の階級闘争の場」として家族を「支配の形態」と捉えたが、こうした共産主義的家族観が社会保障政策の中に潜んでいるといえる。家族を考慮した税制上の優遇処置や家族手当、あるいは社会保障制度を家族を維持するための「支配の道具」と捉え、これらを廃止させようと目論んでいる。「配偶者も就業すべき」「働かざる者は食うべからず」として妻や母を「労働者」に仕立てあげようとした旧ソ連式の共産主義が社会保障政策の名の下で日本に導入されようとしているのである。
 男女共同参画を主張する中には「男らしさ」「女らしさ」といった性差も否定し、そのことによって父性や母性、つまり家族の基本的な愛の絆までも軽んじ、すべて国民を「労働者」としての「個人」に再編しようと目論んでいる人々も存在しているのである。
 社会保障政策から「家族解体論」を一掃しない限り、安心・安定した日本社会は築けないと国民は自覚すべきである。

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