米韓選挙睨み交渉有利の思惑
思想新聞2002年8月15日号【1面TOP】
日朝交渉は急ぐ必要なし
日韓米は連携のタガ締め直せ
6月に黄海で銃撃戦を演じた北朝鮮がにわかに日韓米との対話路線に転じた。7月末にブルネイでのASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議を機に米朝外相非公式会談や2年ぶりの日朝外相会談のほか、北朝鮮の金剛山では南北閣僚級会談再開のための実務者会議も開いた。一連の会議で北朝鮮は柔軟路線をふりまき、9月に開催される釜山アジア大会に選手団の派遣を決めるなど、一挙に対話攻勢に出てきた。この狙いは米国が中間選挙、韓国が大統領選挙という政治の季節を迎えることから現時点を絶好の「外交攻勢期」と位置付け、日韓米三国の分断を図り北朝鮮有利の妥協を勝ち取るところにある。日本は日朝交渉を急ぐ必要はない。日韓米は改めて連携のタガを締め直すべきだろう。
北朝鮮が対話攻勢に出たことに対し「北朝鮮譲歩の陰、窮状悪化の見方」(朝日新聞8月1日)とか「北朝鮮、苦肉の外交攻勢」(読売新聞同日付)といった論評があるが、いずれも的外れなものだ。
まず北朝鮮は用意周到にARF閣僚会議に照準を絞ってきたことに注目しておく必要がある。初の参加となった2年前のバンコク会議では白南淳外相がオルブライト米国務長官と会談、同長官やクリントン大統領の訪朝打診はじめ大きな外交得点を挙げた経緯があり、その2匹目のドジョウを狙ったのが今回のブルネイ会議だ。議長国ブルネイの外務次官が5月に訪朝、参加費用を丸抱えすることを条件にARF参加を要請し、これを受けて今回の北朝鮮のブルネイ会議出席となった。
だから窮状悪化で突然、ブルネイ会議に出席し対話路線に転じたとする見方は当たらない。北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しで非難したブッシュ政権が誕生以来、いまだ一度も米朝交渉がないため、北朝鮮は米朝関係の手詰まり状況を脱しようとブルネイ会議での対話路線への“転換”を用意周到に準備してきた。
6月の黄海での銃撃戦もそのための演出だったとの説すらある。銃撃戦はワールドカップで盛り上がった韓国に冷や水を浴びせた。だが、北朝鮮は南北関係が悪化してもそれを交渉材料にして対話路線を有利に進めるというのが従来からの手法だ。九六年二月の板門店事件、99年6月の黄海銃撃戦も同様の手法で外交交渉を有利に運ぼうとした。今回の銃撃戦はブルネイ会議に的を絞っていたというわけだ。
そこでブルネイ会議直前の7月25日に銃撃戦に対する「遺憾の意」表明で北朝鮮への国際世論の関心を引きつけ、7月31日に非公式ながら初めてパウエル米国務長官と白南淳外相の高官会談にこぎ着けた。同会談でパウエル長官は北の「遺憾の意」表明で銃撃戦問題が終了したとの認識を示し、白外相の「前提条件なしに対話する用意がある」との発言に対し同長官は「留意する。北朝鮮との対話の新たな環境が整うことを期待する」と対話容認の姿勢を打ち出した。
白外相はブルネイのARF閣僚会議で精力的に主要国外相と会談し、まるで北朝鮮が主役との印象を国際世論に与えた。南北外相会談では南北閣僚級会談に向けた実務協議を行うことで合意、さっそく8月上旬に北朝鮮の金剛山で実務協議が行われ、8月12~14日にソウルで南北閣僚級会談を開催することを決定、また釜山のアジア協議大会に北朝鮮選手が参加することも決めた。
さらに2年ぶりとなる日朝外相会談では中断していた国交正常化交渉の早期実現に向けて8月25日前後に外務省局長級協議を平壌で開催することや「日本人拉致問題」について早期解決を目指すことで一致。北朝鮮の積極姿勢が目立った。
韓国大統領選で北は分断工作へ
なぜ北朝鮮は対話路線に転じたのか。その理由の一つは韓国の大統領選を見据えたものといえる。韓国大統領選は12月の投票を控えて与野党候補の熾烈な選挙戦が続いており、政界再編もあり得る波乱含みの展開となっている。金大中大統領はレームダック化しており、それを打破しようと南北対話の推進を図ろうと躍起となっているとされる。金正日総書記は大統領選の大勢が決まる直前の今が韓国の妥協を引き出す絶好のチャンスと踏んでいる。再び南北対話ブームを起こし、対北強硬派の野党ハンナラ党候補の李会昌候補の勢いを殺ぐ狙いも込められていると見られる。
第二の理由は米国の中間選挙を見据えたものだ。米国経済が揺らいできた今、中間選挙の動向は与党共和党にとって予断を許さない。かねてから北朝鮮は選挙前が民主主義国への外交攻勢に打ってつけの時期と考えている。パウエル長官をめぐって政権内の確執も見られ、対話路線を打ち出すことによって米国内の強硬派を押さえ込み、米国の軍事的圧力を軽減させようという狙いだ。
米韓との対話が進展し北朝鮮への食糧支援などにゴーサインが出れば、具体的にそれを担うのは日本というのが、これまでのパターンである。それを見越して今の内に日本の対北朝鮮強硬世論を和らげておく必要があり、それが日朝交渉に意欲的な姿勢を見せる北朝鮮の思惑だ。
米韓日の対北朝鮮政策は各国が主権国家として独自で判断する立場であり、それぞれの国益を考慮せざるを得ない。だが、北朝鮮は金正日総書記の一元化支配である。軍事も外交も赤十字もすべて金正日総書記の手の内で動いており、対米韓日三国政策もそうだ。
だから北朝鮮は軍事についてもっぱら米国と交渉することを原則とし銃撃戦の原因となった北方限界線問題も韓国とは話し合おうとしない。韓国に対しては次回の閣僚級会談の議題で明らかなように、京義線鉄道と道路の建設、北朝鮮の開城工業団地の建設、陸路による金剛山観光活性化といった北朝鮮が実利を得る投資問題に絞っている。
さらに日本に対しては「過去の清算」を迫り一説では百億ドルの賠償金をせしめようと考えているとされる。米韓対話が進めば北朝鮮支援の資金提供は結局日本が行うはずと踏んでいるのだ。
日本は「拉致問題」徹底追及が不可欠
こうして三国を個別撃破して北朝鮮有利な状況を作り出そうというのが金正日総書記の手法である。そのため三国との交渉を始める前には必ずと言ってよいほど中国とロシアの関係を固めている。今回、金総書記の訪露が取りざたされているが、北朝鮮の背後に中露が存在していることを見せつけて米韓日三国との交渉に利用しようという腹なのだ。
したがって改めて米韓日三国の連携のタガを締め直しておく必要がある。現時点における三国の「弱い環」は大統領選で揺れる韓国である。誰が大統領になるかによって韓国の対北政策が変化する可能性がある。そういう政治流動期に三国はあえて北朝鮮との交渉を急ぐ必要性はないのだ。
だから日朝交渉を急いで進める必要はまったくない。日本は「拉致問題解決」「国際手配の工作員引き渡し」「よど号犯引き渡し」を徹底的に要求すべきで、安易な妥協は禁物である。


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