思想新聞 2002年12月19日号 アピール2002
■行政の証明書から「男女の別」の記載を削除しようとする埼玉県新座市の動きは、共産主義思想を背景にする過激なジェンダーフリーの影響を強く受けている。共産主義者は「男女共同参画」の美名のもとに男女の性差を否定し、そのうえで家庭を破壊することを企てている。新座市は「男女の別」記載削除という愚行をやめよ。こうした動きを全国化させてはならない■
1、埼玉県新座市は印鑑登録から「男女の別」の記載を削除しようと来年3月の定例議会に条例改正案を提案する予定にしている(朝日新聞12月12日付・埼玉県版)。その理由は男女記載は「性同一性障害者」の差別につながるからとしている。だが、これは根本的に間違った考え方である。
国民の中にごく希に「性同一性障害者」が存在し、そうした障害者は自らの性の「違和感」にさらされているとされる。だが、「性同一性障害者」の存在を理由に行政の記載事項に「男女の別」掲載を差別とするのはまったく筋違いな愚論である。「性同一性障害」問題は医学的、精神学的解決が図られるべきであって、「男女の別」記載削除で問題が本質的に解決されるわけでは決してない。記載は断じて差別にはならない。障害者の問題解決を図ろうとすれば、相談窓口の設置など行政としては他にやるべきことが多々考えられるはずである。にもかかわらず、そうした努力をせず、それを口実に「男女の別」記載を削除しようというのは別の動機があるからである。
2、新座市の考えを広げていけば、戸籍法にある戸籍謄本の続き柄(長男や長女など)や住民基本台帳法にある住民票の性別記載の義務づけも、差別だとして削除を求められることになり、あらゆるところから「男女の別」が消されていくことになる。これこそまさに共産主義ジェンダフリー・グループの狙いである。日本中で「男女狩り」を進めているのである。
ジェンダーフリーというのは、文化的、社会的な男女の型(ジェンダー)をなくそうという考え方であるが、この考え方の背後に共産主義思想が隠されていることを知らねばならない。共産主義の人間観で最も重要な概念は「猿が労働によって人間になった」というものである。「労働が人間そのものをも創造した」(エンゲルス「猿が人間化するにあたっての労働の役割」=『自然の弁証法』)というのである。さらに共産主義は家庭を「階級対立」の場ととらえ、男性と女性の関係を階級抑圧の関係でのみ見る。エンゲルスは「歴史にあらわれる最初の階級対立は一夫一婦制における男女の敵対の発展と一致し、また最初の階級抑圧は男性による女性の抑圧と一致する」(『家族、私有財産および国家の起源』)と述べている。男性を支配者、女性を被支配者という階級観でのみ男女をとらえているのである。とりわけ歴史的に作られてきた文化的、社会的な男女の型(ジェンダー)こそ支配の形態であるとし、支配者(男)が被支配者(女)を支配しておくために「男らしさ」や「女らしさ」といった慣習、制度、常識が作られてきた、それがジェンダーだと主張するのである。支配者が階級支配を強化するためのジェンダーとするので、この破壊こそが正義となる。つまり共産主義者にとってジェンダーフリーとは階級闘争そのものなのである。
以上から共産主義のジェンダフリー論は男女の性差を破壊し、すべての女性とりわけ主婦を労働者として家庭から引き剥がし、家庭を階級闘争の場とさせ、家庭破壊を企てている。新座市の「男女の別」記載削除はこうした思惑に乗せられているのである。全国の自治体で共産主義者による階級闘争を許してはならない。


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