国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1898号 (令和8年5月1日)

皇太子妃雅子さまご出産

【思想新聞2001年12月15日】

「命名の儀」で敬宮愛子さまに

 12月1日午後2時43分、皇太子妃雅子さまが皇居内にある宮内庁病院で内親王(女児、体重3102グラム)を出産された。ご成婚から8年の皇太子ご夫妻にとり初めてのお子さまであり、天皇、皇后両陛下には秋篠宮家のお二人に続き三人目の孫にあたる。この皇室の吉報に、列島中が祝賀ムードに沸いた。
 雅子さまは11月30日深夜に皇居内の宮内庁病院に入院され、翌12月1日午後零時40分に陣痛のため分娩室に移り、2時43分にご出産。分娩室まで付き添われた皇太子さまは、東宮侍従を通じ「母子ともに健康であることに安堵しうれしく思います。今後は二人で相談し子供の幸せを祈りつつ成長を見守っていきたいと思います」と感想を述べられた。
 また同日午後4時半から皇居・宮殿で天皇陛下がお子さまに守り刀を授ける「賜剣の儀」が執り行われた。
 翌2日午後、天皇、皇后両陛下は宮内庁病院を訪れ、出産後初めて雅子さまを見舞い、内親王さまと対面された。当日は多くの人々が記帳など「お子さまご誕生」の祝意を伝えるため皇居を訪れた。
 産後7日目の7日には宮内庁病院内で、和紙にお子さまの名前と称号を記した「名記」が天皇陛下から皇太子さまへ授けられる「命名の儀」が行われた。宮内庁は内親王さまのお名前を「愛子」、ご称号を「敬宮」(としのみや)と発表した。命名に際しての出典は『孟子』で「深い人間愛をもって人を愛し、人を敬う気持ちを持ち続けてほしい」と願って名付けられたという。またこれに先立ち、邪気を払い文運と健康を祈る「浴湯の儀」が執り行われた。
 母子とも産後の経過は順調で、「命名の儀」の翌八日、雅子さまとお子さまは宮内庁病院を無事退院なされ、皇太子さまとともに報道関係者にご披露された。

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