【思想新聞2001年12月15日】【視点論点special】
多発テロ事件と北朝鮮動向
北朝鮮問題アナリスト
全 富億 氏

◇朝銀・朝総連の捜索 朝銀東京信用組合(前身は東京朝鮮信用組合)とその上部組織である朝鮮総連中央本部が結成以来、初めて捜索されると共に11月26日責任ある幹部が資金流用疑惑で逮捕された。
朝銀の不正に絡む資金流用疑惑は、1970年代から北朝鮮ウォッチャーの間では半ば公々然と囁かれていた。すなわち、朝銀―朝鮮総連組織―北朝鮮という日本円の不法流出の図式である。
旧ソ連を筆頭とするいわゆる社会主義諸国が崩壊していく中で他の社会主義諸国よりも後進であり、それに経済が行き詰まっていた瀕死の金日成王朝を必至的に支え、支援したのは朝総連組織であった。そして、その資金を生み出す資金源が朝銀であった。何しろ金日成王朝そのものの維持費を朝総連が負担していた、といっても過言ではない。 ◇同時多発テロとブッシュの決意表明 北朝鮮の金日成・正日独裁政治に対して関心を抱く多くの人たちの間では以前から、日本政府当局がなぜ、北朝鮮の金日成・正日と続く父子独裁体制を維持し強化するために投入される日本からの資金ルートを、そ知らぬ顔をして見過ごすのかについて怪訝(けげん)に思っていた。
そして、日本政府当局がこの資金ルートを断ち切る行動に出るのかどうかについて見守っていた。というのは識者の間では、日本政府当局は口にこそ出さないが、朝鮮半島が南北二つの国家に分断されているのが日本国家の存立上、好都合だと思って意識的に南北両政権の両立を図っているのではないかと勘ぐる向きもあった。それがこの度の朝銀幹部及び朝総連幹部の逮捕・捜索である。
きっかけはブッシュ大統領のテロ首謀者及びその支援組織に対する断固たる決意表明にほかならない。
周知のように、北朝鮮は韓国及び日本に対してテロ・拉致を敢行したことにより、国際社会から「テロ国家」に指定された特定国中の一つであり、テロ国という烙印はまだ解除されていない。
日本政府当局はブッシュ大統領が同時多発テロ発生に際して、「テロ犯人及びその組織、支援組織を撲滅する」「資金源を断つ」と決意表明したのを支持した。そして、国際社会とブッシュ大統領の表明を支持する線で世論が盛り上がった。
朝銀の破綻と朝総連組織の連座、朝銀―朝総連―北朝鮮という資金流用ルートに解明のメスを入れるという絶好の機会を政府当局は捉えたようだ。 ◇韓・日の北朝鮮対応 韓国と日本はそれぞれ、自国民が北朝鮮に拉致され、いまだに帰国できずに抑留されているという共通項をもっている。
韓国では、北朝鮮側が要求したスパイ現行犯で逮捕され服役中かまたは刑期修了者(北側では彼らを「政治犯」と呼称する)の北朝鮮側への引き渡しに対し、金大中政権が一方的に応じ、北側に身柄を引き渡した。しかしながら北朝鮮には、朝鮮動乱時、北朝鮮側に捕虜になった韓国軍人数百人と、漁労中、北朝鮮警備艇に拿(だ)捕され拉致された数百人に及ぶ漁民たち、それに韓国国内及び海外で留学・旅行中、誘拐拉致された学生たち等々、多数の人たちは北朝鮮に抑留されたままである。一方的な身柄引き渡しではなく、相互釈放・交換であるべきであった。金大中政権が行った一方的な身柄引き渡し行為は、「棄民」と非難されても弁明の余地はないだろう。
金大中政権の不可思議な行動に見切りをつけた拉致・抑留されたまま、未帰還になっている犠牲者の家族たちは「家族会」を結成して、現在もなお帰還促進運動を展開中だ。
金大中政権が金正日に見せた理解しがたい優柔不断な姿勢は、金正日をして結果的につけ上がらせたようだ。韓国から「現代」グループ等、その他いろいろな経路を経て、資金の蓄積をある程度果たした金正日にとっては、金大中政権はもはや利用価値がなくなった存在と結論づけたのか、しだいに距離を置くようになった。
一応は細々と続いていた南北間の接触も、ブッシュ大統領のテロ撲滅宣言が発表されるや、北朝鮮はそのことを口実に南北会談を断絶に追いやり、現在に至っている。
金大中政権が果たしてきた役割はいったい何だったのであろうか。
北朝鮮による拉致事件の犠牲者は韓国だけに限らず、日本においてもそのことで呻吟している人々がいる。ただ、韓国と日本の立場は一律的ではない。自国民が北朝鮮工作員によって拉致されたという点では共通しているが、韓国は北朝鮮が敢行した野蛮なテロ行為によって、多くの犠牲者を出している。いずれにせよテロ行為及び拉致行為は、人類と文明社会に対する卑劣きわまりない憎むべき犯罪であることに変わりはない。ブッシュ大統領の表明を待つまでもなく当然、撲滅対象である。
いま日本では、北朝鮮に拉致された犠牲者たちの家族が、「北朝鮮に拉致された日本人を救出する会」(東京)を結成して、救出活動を活発に繰り広げている。一方、韓国側でも犠牲者たちの家族らによって、「拉北者家族協議会」(ソウル)を結成して救出活動を始めた。しかし韓国の場合、救出活動が遅々として進まないようだ。推察するに、どこかの筋から、南北関係に支障をきたす恐れがあるといってブレーキをかけられているからかもしれない。何しろ金正日の一挙手一投足にあらぬ神経を磨り減らすような連中であるからだ。
韓国には、北朝鮮で長らく抑留され重労働に酷使されていた戦争捕虜及び拉致者の中の一部の人々が年月をかけ、第三国を経由して、脱出して来る人々がぼつぼつと現れ始めている。日本と韓国の拉致犠牲者の家族たちは相互連携して、情報交換に努力するのも救出活動にとって一助となるのではなかろうか。 ◇テロ体質の金正日 同時多発テロが発生して間もなく、金正日政権は9月12日、異例的にすぐ反応した。 北朝鮮外務省のスポークスマンは、「この度の世界貿易センター及び国防省に対する攻撃は、国際社会に大きな衝撃を与えた」と前置きした後、「遺憾ながら悲劇的な事件はテロリズムの危険性を改めて想起させた」と論評した。また9月15日の北朝鮮中央放送は、「ブッシュ大統領は今回のテロを米国に対する戦争行為と宣布、断固たる報復措置を取ると明言した」と報じた。北朝鮮が米同時多発テロを速報した真意は不明だが、興味をそそらせるものを感じさせる。
北朝鮮が韓国に対してテロを行った回数は枚挙にいとまがないほど多い。その中で、国際的によく知られたテロ事件は、1983年10月9日、ミャンマでの韓国閣僚爆殺事件と87年11月29日に起きた大韓航空機爆破事件である。
北朝鮮は厚顔無恥にも、米国での同時多発テロ事件を非難する前に、かって北朝鮮がしでかした忌まわしいテロ事件に対して、まず謝罪するのがスジというものであろう。


コメント