この記事は2011年1月26日に投稿されました。
第177通常国会が1月24日に召集され、菅直人首相が施政方針演説を行った。一般紙でも酷評されているが、中身がスカスカである。菅首相は国づくりの理念として「平成の開国」「最小不幸社会」「不条理をただす政治」の3つを上げた。だが、これはスローガン(それも空虚な)であって、どこが国づくりの政治理念なのか、理解しがたい。3点のいずれにもおいても国家観がなく、また人間の基礎たる家族観が存在しない。これでは国も家も壊れ、文字通り国家が解体してしまう。このうち第1の「平成の開国」をみてみよう。
自由貿易はもはや国是だが、何でも自由化は疑問
菅演説によれば、開国とは貿易・投資の自由化や人材交流の円滑化を指すというのだが、これらは開けるだけのことであって国づくりではない。確かに明治維新、そして戦後日本も開国した。だが、単に開けたわけではない。明治はそれに対応する近代国家作りにいそしんだ。戦後日本は自由貿易を軸とする「海洋路線」を採って経済的繁栄を築いてきたが、いかんせん「戦後体制」という悪しき国づくりが禍根を残している。
明治以降、加工貿易立国として成長し今日に至っており、もはや自由貿易は国是ともいえ、総論としては誰も反対しない。だが、それは一朝一夕あるいは何でも自由で行ってきたのではない。世界恐慌後の1930年代の保護貿易主義とブロック経済によって第2次大戦がもたされたという反省を踏まえ、戦後、為替ダンピングの克服を目指してIMF(世界通貨基金)とGATT(関税と貿易に関する一般協定)を基礎とするいわゆるブレトン・ウッズ体制が作られた。それに加えて2カ国協議などを積み重ね、それによって一つひとつ前進させてきた。現在、WTO(世界貿易機関)を中心に国際貿易ルール作りが進められている。もちろん世界全体での交渉では埒があかないから、近年は2国間や地域内の経済連携がクローズアップされ、TPP(環太平洋経済連携協定)も浮上してきた。問題なのは自由化の深度と様態すなわち各論である。
人材交流面で開国というが、外国人の誰もが勝手気ままに日本に入る開国を許せば、それこそ覚醒剤を持った不良外国人などが大挙押しかけ、わが国は犯罪者天国になりかねない。貿易とて何でも自由化すればよいというものではなく、まかり間違えば亡国につながる。要するに開国そのものが国づくりではなく、どのような形で開国するかが問題なのである。それが国づくりのはずである。ところが菅首相には確固たるビジョンがなく、口先だけの開国である。
支離滅裂の戸別所得補償制度で農業を潰す
「平成の開国」を実現するには農林漁業の再生が不可欠と菅首相は施政方針演説で強調したが、では民主党のマニフェストにある農業政策はどうするつもりなのか。民主党は農業潰しをやっている。それは農家に対する戸別所得補償制度である。
マニフェストは変質してきているが、もともとの民主党の「農業者所得補償制度」は「生産数量目標に従ってコメ、麦、大豆その他政令で定める『主要農産物』を生産するすべての販売農業者に対して、農業者個別所得補償金の支払いなど、個々の農産物の生産に着目した支援を行なう」(農業者戸別所得法案・要旨)というものである。国や自治体が「生産目標数値」を決定し、これに基づき割当てを行い「生産調整」を廃止する。耕作面積10アール(10反)以上の全販売農家を助成する(生産費と標準販売価格の差額分)。その想定額は年間約1兆円で、300万トンの棚上げ備蓄もするとしていた。だが、この最たる疑問は生産調整(減反)を廃止すると言いつつ、その一方で「生産目標」を設定するとしていたことだ。生産目標を作れば、それ以上の生産ができず、その分は減反せざるを得ない。つまり「生産目標設定」は減反政策とまったく同じことになり、減反廃止という公約はまったくのウソになる。
これまでコメ価格を維持するために「一律」「強制」の減反をやり、やる気のある農家の意欲をそいできた。その反省に立って1990年代以降、段階的に生産・流通の自由化へと政策転換し、行政がガイドラインを提供し、現在は生産者団体が主体的に目標数量を決め、割り当てている。そこまで自主的になったのに民主党はこれを元にもどすばかりか、国や自治体が生産目標を設定するという社会主義計画経済を持ち込もうとした。これではやる気のある農家はやる気をなくし、日本農業は一層停滞する。おまけに300万トンも棚上げ備蓄(売買せず一定保管の後、海外援助や飼料で処分)を行えば、それだけで毎年、約1000億円掛かる。ちなみに現在は100万トンを上限に回転備蓄(毎年、主食用に売買)している。民主党は所得補償の1兆円だけでなく巨費を投入せざるを得ないのである(これがバラマキでなくて何なのか!)。
規模拡大でやる気のある若手農家の育成を
現在、日本の耕地面積は469万ヘクタール(以下、2008年数値)。実働農業者の1人当たりの耕地面積は1・6ヘクタールで、EUの10分の1、アメリカの100分の1程度という小規模である。それで所得が低く若者が農業に就けず「三ちゃん農業」を強いられてきた。農家数285万戸(うちコメ農家140万戸)の7割が兼業、専業農家は販売農家のわずか23%である。農業従事者(312万人)は過去10年間に2割減少し、65歳以上の高齢者が12%増加、実に全体の59%を占める(現在では平均年齢は66歳だ)。このため高齢者のリタイアなどで耕作放棄地は39万ヘクタール(ほぼ埼玉県の面積)に達しているのである。
かつてフランスも同様の危機に陥ったが、公社が高齢者から農地を買い上げ若手に譲渡して規模拡大を図り、1戸当たりの平均耕作面積は1963年の17ヘクタールから80年代末には31ヘクタールに広げた。ドイツも60年の9ヘクタールから18ヘクタール、イギリスも64ヘクタールへと集約して農業を再生させた。民主党はこうした背景を一切語らず、「ヨーロッパは戸別所得補償をやっているので自給率が高い」と吹聴しているのである。
日本農業の最大の課題は、規模拡大によって生産性を向上させることだ。コメ生産コストが米国の7倍以上、小麦が6倍と生産費が高く、世界の中で立ち行かない。そこで自民党時代の2007年度に「戦後農政の大転換」を掲げ、「担い手」を育てようと「品目横断的経営安定対策」をスタートさせた。コメや麦、大豆などを対象に4ヘクタール(北海道は10ヘクタール)以上の耕作地を持つ大規模農家(約2万5000戸)に対して、過去の平均収入から減収分の9割を穴埋めするもので、同時に小規模農家を「集落営農」で集約化し、規模拡大を図って同様の援助を行う。その結果、28万人近くの農業従事者が約3200の「集落営農」を結成して生産性向上に当たってきた。こうすれば高齢者が従事できなくなっても放棄地にならず、自分の農地を「貸与」することによって引き続き農業に参画することも可能になり、新たな地域共同体が創建できる。
こうした中で民主党は「三ちゃん農業」を含む172万戸に所得補償を始めたから、「貸しはがし」が生まれ、集落営農事業者は困り果てているのである。将来、バラマキ助成金(1兆円規模にするつもりか)を続ければ、それにしがみ付き、大規模化・集落営農化は進まず、「担い手」が育たず結局、高齢者のリタイアとともに放棄地が増えるのは目に見えたことである。1990年代以降、農地転用による収入が農産品生産額を上回り、農地転用や休耕補償を当て込んで放棄地は”塩漬け“にされている。民主党はこれに拍車を掛け、日本農業を潰していく。すでに生産調整(減反)は水田の4割以上の100万ヘクタールを超えているが、国土の12%しかない貴重な耕作地は一層、荒れ果てる。これでは食糧安保などあり得ない話ではないか。
日本農業と自由貿易化の共生を図れ
だから日本農業が生き残るには、やる気のある「担い手」に農地を集約し、規模拡大による生産性向上を図り、日本独特の付加価値のつく農産品を生産する「攻めの農業」に転じるしかない。放棄地や休耕地を利用すれば食糧自給率も向上するばかりか、中国の富裕層がコシヒカリなど日本のうまいコメを購入しているように、ゆくゆくは輸出産業に育てることも可能になるのである。それでなくても農業自由化の波がひたひとと押し寄せてきている。TPPを待つまでもなく、農産品の貿易自由化は世界の大勢となってきている。わが国は国内農業保護のためにコメ778%、小麦252%など農産品に高関税率を掛けているが、途上国は「100%を上限にすべき」(インド)などと主張し自由化を迫っている。また年77万トンの日本の輸入義務(ミニマム・アクセス)に対して、輸入枠を最大50万トン拡大することも要求している。これ以上、保護政策を続ければ国際的孤立は避けられない。コメはかつて7~8倍の内外格差があったが、現在では3倍程度に縮まっている。もはや減反による価格調整策は通用しない。
食糧自給率を100%にするには1200万ヘクタールが必要とされるが、これは現在の耕作面積の2・5倍、国土面積の3分の1に迫る規模である。8割が山岳地帯の日本では不可能な話である。「鎖国」は3000万人以下の江戸時代だったからこそできたのであり、1億2000万人の現在の日本は世界の中でしか生き残ることができない。このことを自覚すれば日本農業を「攻めの農業」に転換し、世界の自由貿易を推進し両立を図るしかない。農地集約化を進め、そのうえで所得補償を行うのなら話はわかるが、「3ちゃん農業」へのバラマキ所得補償は農業を潰すだけである。
菅首相はマニフェストを完全放棄し、農業の先行きが立つ施策をまず示せ。それもせず「平成の開国」を言うのは亡国の指導者だ。
2011年1月26日


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