思想新聞2000年6月1日号【視点・論点】
外交評論家
井上 茂信 氏

韓半島の平和は日本の死活問題
日本にとって最大の外交的課題の一つは、日本の安全保障にとり極めて重大な日朝交渉をどう進展させるかだ。結論すれば、日米韓三国の水も漏らさぬ連携で対北抑止力を高めて北の暴走を阻止しつつ、対話路線で外部の風を送り、北の軟着陸へのプロセスを促すことしかないと言えよう。
98年8月、テポドン発射の時、北の新たな核疑惑に加え、米軍は金正日政権を一気に潰すことを狙った北朝鮮殲滅計画を立案したという。同年12月の北朝鮮側の声明は「“5027作戦計画”を主導する米帝国侵略軍だけでなく、弾よけとして前に立つ南朝鮮と、後方で基地提供や使い走りをする日本はじめ有象無象が打撃目標になる」と、初めて日本を攻撃目標にすることを明らかにした。
一触即発の事態を救ったのは、クリントン政権の政策転換。昨年10月同政権が発表した「ペリー報告」で、「対北先制攻撃論は非現実」との結論を打ち出した。大統領親書を携えたW・ペリー北朝鮮対策調整官は北を訪れ、さらに韓日両国を歴訪し政府当局者との協議を重ね、同報告書を発表した。
同報告は、対北先制攻撃論が非現実的である理由を「朝鮮半島で再び戦争が起これば、米・韓・北各国の将兵と民間人数10万人が死亡し、数百万人の難民が発生する可能性が高い」とした。なお、米国防総省のシミュレーションでは、核抜きの通常戦力で戦った場合(戦闘日数を90日と想定)、犠牲者は米兵約五万、韓国市民など民間人は50万と見積もられる。また軍事費も約540億竫と莫大な額に上るという。
テポドンI号発射で北のミサイル到達範囲が日本全土に及ぶことが明らかになり、第二次朝鮮戦争で日韓の原子力発電所が北の標的となった場合、両国は核攻撃並みの甚大な被害を受ける。この点でも対北先制攻撃論は非現実的だ。
さらに同報告は、「金正日体制による強い国内支配があり、国内に反権力組織は存在しない。ゆえに体制崩壊の促進は、極めて非現実的。しかも、その政策を取るうち北が核ミサイル開発を進めてしまえば、意味がなくなる。したがって、米国は現に存在する北の政権を対象に政策を進めなければならない」と指摘した。
こうしてクリントン政権の対北政策は「太陽政策」を続ける韓国の金大中政権の政策と歩調が合い日本も同調、米朝・日朝会談の再開と南北会談の開催へと進展。警戒しなければいけないのは、北朝鮮外交のしたたかさだ。北が南北首脳会談に応じたのは、日米韓3カ国間にくさびを打ち足並みを乱し、北ペースでの外交を狙っているためともとれる。北朝鮮にとって最優先課題は、体制の生き残り。だから日米韓と個別に交渉し、競わせて取れる国から最大のものを引き出そうとする戦略なのだ。
というのは、体制生き残りのために経済危機を乗り切るのが北の焦眉の課題だからである。慢性的な食糧・エネルギー不足で、一部の国民は飢餓線上にあると見られる。北の核開発疑惑やミサイル開発も、それらを西側への恫喝の材料にするという瀬戸際政策で、経済支援をむしり取ろうとするためのものだ。
したがって、南北首脳会談がたやすく南北統一に、また日朝交渉が早急な日朝国交正常化に、さらに米朝交渉が北のミサイルや核開発の断念に直ちに結びつくとは思えない。忍耐と粘り強い交渉が必要となろう。
日本の対北交渉で特に難しいのは、日本国民の感情を逆撫でする拉致問題や日本海での不審船の航行、大量の覚醒剤密輸への関与問題などがあること。こうした「ならず者国家」としての北の過去の行動から見て、甘い期待は禁物だ。しかし、長期的な戦略的視点から言えば、外部の風を送り込むことで北の体質変化を徐々にもたらしうる可能性を探求する余地はある。
北朝鮮の大きなジレンマは、体制維持のため外部の援助によるインフラ整備が不可避であること。大規模なインフラ整備が韓国や日本の援助で実施されれば、金正日政権は否応なく経済を開放せざるを得ない。
その点、最近の北の対外姿勢の変化、ことに多角外交を加速化させていることが注目される。5月8日、オーストラリアとの外交関係を再開。今年1月のイタリアとの国交樹立に続くものだ。さらにASEAN地域フォーラム(ARF)への参加も決まった。ARFはASEAN諸国や日米両国、韓・中・露・EUなど22の国と機関が参加しており、多角間外交の舞台に北朝鮮が登場したことになる。このほか欧州諸国との対話も拡大、国交樹立の準備している。北は門戸を開く方針に転じたのだ。
日本の対北外交について、拉致問題を先に解決し誠意を確かめて交渉せよという「入り口論」では日朝交渉は入り口で停滞し、一歩も前進しまい。かといって全て国交正常化後に解決すべきという「出口論」では国民が納得しない。ならば、北への食糧支援問題などと「同時並行的」に解決していくのが現実的だろう。
韓半島の平和と安全は日本にとり死活問題だ。日清・日露戦争など、これまで日本の戦争は半島に関わってきた。いつの日か南北統一が実現し、米国にとってのカナダのような平和で安定した政権が日本の隣にできることを、究極の外交目標とすべきだ。そのために、日朝交渉は個別問題も大切だが、長期的戦略的視点――つまり、外部の風を送り北を軟着陸への逆行できない変化へのプロセスに乗せるという戦略的視点が日本には必要なのである。


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