思想新聞2004年3月1日号【ポストマルクスの群像】4
エンゲルス・2
マルクスが米国の民俗学者モーガンの『古代社会』を読み込んで書き留めた「ノート」をもとにエンゲルスが完成させた『家族・私有財産・国家の起源』。しかし、その影響力はフェミニズムなどに顕著に現れているものの、その肝心の学問的実証的な裏づけの不備は、フェミニズムの側からも指摘されています。考古学的・生物学的にもウェスターマークの説が妥当なものと見なされます。
先回は、「家族における一夫一婦制こそ、人類最初の階級闘争にほかならない」とするエンゲルスの考え方が、いかに「仮説」の域を出ないものであったかに言及しました。この「革命」がいつ行われたかについて、エンゲルスは全く説明を放棄し、いかに理論的根拠が怪しいかについて指摘しましたが、これをもう少し補足しましょう。
その前に、現代のフェミニズムや家族論へのエンゲルスの影響と評価について、次のような記述があります。
「アメリカのウーマン・リブ運動(Women Liveration Movements)の若い女性たちはどうかと言えば、彼女たちは支持者に推薦図書のリストを示す場合にはいつも、エンゲルスの本を恰好の教科書としてきた。エンゲルスの家族に関する著書(『家族・私有財産・国家の起源』)の中でフーリエから借用され、エンゲルスによって再び用いられた言葉(「文法では二つの否定が肯定となるように、結婚道徳では二つの売春が一つの徳行と見なされる」)でもって、彼女たちはブルジョワの婚姻を非難するのである」(アンドレ・ミシェル『家族と婚姻の社会学』邦訳=法律文化社)。
このように、フェミニズムを奉ずる人々によって、エンゲルスのこの著書は大きな影響をもってきたことがわかります。
このフェミニズム社会学者A・ミシェル(もちろん、女性の研究者です)は、『フェミニズムの世界史』でも、「十九世紀の社会学者の中で最もフェミニスト的な人物」としてエンゲルスの名を挙げています(村上・訳/白水社・文庫クセジュ)。
このようにフェミニズムや家族解体論に思想的根拠を与えたエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』は、エンゲルス自身が、同書の序文の中で言及しているように、米国の民俗学者ルイス・H・モーガン(一八一八~八一)の『古代社会』に全面的に依拠していると言えます。これはそもそも、最晩年のマルクスが原始的な諸社会に関心を寄せるようになって、モーガンの『古代社会』から詳細な抜き書きを行った際のノートをもとに、エンゲルスが手を加えて構成したのが、『家族・私有財産・国家の起源』です。
モーガンはいわゆるネイティブ・アメリカンのイロクォイ族らと生活を共にし、進化論に基づく独特の家族観を提示しました。その著作が『古代社会』で、人類は最初の乱婚(群婚・集団婚ともいう)の状態から15の形態を経て文明社会の一夫一婦制へと「進化」したと唱えました。マルクスとエンゲルスはこの『古代社会』を、唯物史観を「実証」する優れた研究として諸手をあげて歓迎したのです。
しかし、この結婚形態の「進化」という図式ははたして「史実」と言えるのか。実は、「原始共産社会」というものが歴史的実証的に確認されていないように、「原始乱婚」などといった結婚形態も存在した証拠はまったくないと言えます。モーガンはイロクォイ族の研究から乱婚説を唱えたとしていますが、その後の調査ではこの種の群婚は確かめられていません。
先のフェミニズム・サイドに立つA・ミシェルもこの説に関しては「最古の埋葬場所で同一の場所に葬られた男女があったという事実は、一夫一婦制が旧石器時代にも一般に行われていたことを示すように思われる」(『家族と婚姻の社会学』)と考古学上の「証拠」を認めています。
また、平凡社『哲学事典』でも、集団婚(群婚)について「モーガンをはじめとする初期の学者は、集団婚を人類が進化の途上で必然的に経過すべき時期として考えたが、例外的でなく制度的にこの形態をとる種族が現実にはほとんどないため、しだいにかかる考え方は捨てられつつある」と記している。
モーガン説に真っ向から異を唱えたのは、フィンランド出身の英国の人類学・社会学者エドワード・ウェスターマーク(一八六二~一九三九)です。彼は世界各地の結婚の形態を調査・研究し豊富な資料を基に『人類婚姻史』(一八九一年)を著しました。ウェスターマークによれば、人類の婚姻史は原始の時代から一夫一婦制度を基調として展開されており、その根拠は生物学的要因によるもので、モーガンが唱えた「原始乱婚説」は全く根拠がないとしました。このモーガン批判は進化論的家族論への批判として大反響を呼び、婚姻論争を巻き起こしました。その結果、ウェスターマークに軍配が上がり、モーガンの家族観は学界から葬り去られました。
ただしその後、ウェスターマークの家族論も、フロイトによる精神分析学の登場と、その影響下に成立したポストモダン思想(特にレヴィ=ストロースに始まる構造主義人類学)によって、再び忘れ去られることになったというのです(別掲資料・山極論文参照)。
しかしそれでも近年、霊長類の研究が進むと、ウェスターマーク説を裏づける研究結果が次々に現れました(同資料)。
さて、こうしたエンゲルスの結婚観についての端的な記述があります。
「結婚は当事者たちの階級的地位によって制約されており、その限りではいつも便宜婚である。この便宜婚は、どちらの場合にも、しばしば最も極端な売春に転化する――往々にして夫婦双方の、しかしごく普通には妻の売春に。彼女が普通の売春婦と区別されるのは、彼女が賃金労働者として自分の肉体を一回いくらで賃貸するのではなくて、一回こっきりで奴隷制に身を売り渡していることによるだけである」(『家族・私有財産・国家の起源』)
そもそも、洋の東西を問わず、そしてキリスト教であれ神道であれ、大昔から現在に至るまで、「結婚」とは、神の前に夫婦となり家庭を築くことを誓う、いわば神聖かつ厳粛なセレモニーとして存在しています。本来的に言っても、宗教的な側面というのは強い行事と言えるのです。
しかし、こうした結婚によって生じた婚姻関係、夫婦関係を、女性にとっては「売春にすら劣る」とまで言っているわけです。まさにこれは、長い歴史をかけて「道徳規範」を社会の中で醸成してきた、キリスト教など宗教的「伝統・文化」全般に対する、まさに「挑戦」以外の何ものでもないでしょう。
●参考文献●
進化人類学分科会 第5回公開シンポジウム「インセストの回避がつくる社会関係」
京都大・山極寿一氏の報告より
https://anthro.zool.kyoto-u.ac.jp/evo_anth/evo_anth/symp0104/symp0104.pdf


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