思想新聞2000年12月1日号 主張
臨時国会終盤に起こった森内閣不信任をめぐる自民党の内紛は国民にとってきわめて分かりにくいものだった。とりわけ深刻なのは、理念・政策をめぐる内紛ではなく、単なる権力闘争としか思えない展開で、しかも「永田町の論理」に終始したとの印象を国民に強く与えたことである。自民党が国民の不信を一掃するには理念・政策を改めて明示する必要があるだろう。
加藤氏の主張に大義はなかった
加藤紘一氏と山崎拓氏の森内閣不信任案同調論は、森内閣の支持率が10%台の超低空飛行を続けているところから自民党支持者の中にも理解する向きがあったことは事実だろう。
だが、時期的にあまりにも唐突だった。そもそも臨時国会が開催されており、法案を成立させるための最後の土壇場に差し掛かっていた。補正予算案のみならず少年法改正案、警察法改正案、あっせん利得処罰法案など重要法案が山積し、どれをとっても猶予の出来ない懸案事項である。
これら法案を成立させるために自民党が主張して臨時国会が開催されていることは国民周知のところである。もちろん、野党はこれら法案に反対であり、森内閣不信任案を提出するのはもともと森内閣に反対してきた野党からいえば当然の行動であっただろう。
だが、与党議員は立場が違う。法案成立に全力をあげない限り、与党に身を置く必然性がない。しかし、加藤氏らは野党の不信任案に賛成しようとした。仮にその主張を通すなら道義的責任から自民党を離党しないとつじつまが合わなかった。
加藤氏が言うようにあくまでも自民党内で森総裁の資質を問うというなら、党内手続を経て行うべきだ。緊急を要すると考えるなら、例えば今臨時国会終了後の内閣改造期に主張すべきで、共産党を含む野党に同調するのはいかにも不見識だった。
しかし、加藤氏が主張しているように、森内閣の支持率低迷は深刻で自民党がのっぴきならない状況に置かれていることも否定できない。はたして首をすげ替えるだけで自民党は再生できるのだろうか。そのことを真剣に考えるべき時にきている。
何よりも不可解なのは自民党が理念・政策を明示しないまま「連立時代」に埋没しているように見受けられることである。
憂慮すべきことは、連立という枠組みが優先されることによって、本来の自民党の政策が薄まり、連立のための「妥協の政策」が自民党の政策を凌駕しつつあることだ。自民党が初めて野党に転落した「93年の恐怖」から、55年の結党以来の党是であった「自主憲法制定」を棚上げにしたが、そうした脱理念路線が今も継承されている。
自民党は結党時に際し「立党宣言」「党の使命」「綱領」「党の性格」「党の政綱」などの文書を採択し、党是とされた。その中に「現行憲法の自主改正をはかる」(党の政綱)を盛り込み、自主憲法制定を党是の柱に据えた。ところが、与党に返り咲いた95年3月の党大会で、これらの党の基本文書を「歴史的文書」と位置づけ、新たに「新宣言」や「新綱領」を採択、「自主憲法制定」の党是を事実上、破棄してしまった。それ以降、自民党は「改憲消極政党」に転落し、理念・政策に骨がなくなったと評されている。
自民党は九八年の参院選に敗北し今年7月の総選挙でも単独過半数に至らず、そうしたことからいまだ「連立症候群」に陥っていると言わざるを得ない。かつては社会党への遠慮であり、今日では公明党への遠慮が理念・政策を曖昧にさせているのである。
その典型例が教育基本法改正問題である。森首相は「日本新生」プランの柱に教育基本法改正を据えようとしていたし、その前に自民党は97年10月にまとめた「教育改革推進の提言」(党教育改革推進会議)の中で教育基本法見直しを打ち出していた。にもかかわらず公明党が異を唱え、現在、教育基本法改正問題は棚上げ状態にある。
この例が示すように自民党の政策は何なのか、連立政権下で国民にはますます見えにくくなっていることは否めない。
また昨年9月の総裁選で山崎拓氏は「総裁選で憲法改正論を前面に掲げる初めての候補」を自負し、九条を改正して集団的自衛権の行使を可能にすべきと主張、憲法改正の時期を2010年とする具体的スケジュールまで提示した。その山崎氏が今回の内紛劇では護憲的な加藤紘一氏と組んだことも国民にとっては分かりにくいことだった。
目に見える形で日本新生案示せ
加藤氏が自民党への国民の信頼を取り戻し党再生をめざしたとしても、それとは裏腹に今回の内紛劇によっ自民党への国民の不信は一層高まったと言わざるを得ない。これを打破するには国民の目に見える形で自民党としての「日本新生」ビジョンを提示する必要がある。この提示がなければ国民の将来不安、自民党不信を払拭することができず、来夏の参院選に多大な影響を与えることになるだろう。


コメント