思想新聞2003年5月15日【1面TOP】
国も守れず国際貢献もできない

イラクに続いて北朝鮮問題など国際情勢が緊迫化するに伴って現行憲法の欠陥が浮き彫りになっている。イラク復興援助に向けて日本の役割が高まっているにもかかわらず、「九条の壁」によって身動きができず、イラク復興に今なお手をこまねいたままである。昨年暮れのテロ特措法に基づくインド洋へのイージス艦派遣でも、集団的自衛権行使に抵触するといった批判があって一年以上も実現しなかった。国際貢献ですらこうした「憲法の足かせ」がある中で、北朝鮮情勢が緊迫化した場合、はたして日本の平和と安全が守られるのか。憲法改正が焦眉の急となっている。
イラク復興への日本の関与があまりにも薄すぎる。イラク戦では米国を明確に支持しておきながら、戦後復興に乗り出さない日本を世界は奇異の目で見ているに違いない。それは「憲法の足かせ」と、それに基づく国連平和維持活動(PKO)協力法の二重の「足かせ」がはめられているからだ。
自衛隊が初めてカンボジアでのPKOに派遣されてから昨秋でまる10年を迎えた。それを受けて昨年12月、福田官房長官の私的懇談会「国際平和協力懇談会」(座長・明石康元国連事務次長)が現状のPKO協力法が国際社会の現状にそぐわないとして四十項目にも及ぶ提言をまとめた。
同提言がとりわけ強調するのは「PKO参加五原則の見直し」と「多国籍軍への協力」である。東ティモールでは、停戦合意がないところからPKO参加原則に違反すると指摘され、当初は参加を見送られた。しかも国連が同地に派遣したのは多国籍軍。これはアフガニスタンでも同様で、現在、展開しているのは国際治安支援部隊(ISAF)と呼ばれる多国籍軍だ。日本の国際貢献は参加5原則の「足かせ」がはめられているばかりか、多国籍軍への協力については法整備すらない。
その大きな原因は現行憲法である。実際、明石提言は護憲勢力から「多国籍軍への協力は、単に自衛隊の海外での活動拡大につながるだけでなく、政府が憲法で禁じられているとの見解をとる、集団的自衛権の行使にも抵触しかねない」(朝日新聞昨年12月19日)との批判を浴びている。
昨年12月、日本政府はテロ特措法に基づいてインド洋にイージス艦を派遣したが、これに対しても集団的自衛権行使につながるとする反対論が与党内からも出された。
この体たらくに加え、イラク復興問題では国連決議がないのに加えて米英軍とイラク政府の間に停戦合意がないのだ。これではPKO協力法はまったく使えない。テロ特措法のような新法を作るにしても「憲法の壁」が大きく立ちはだかることは目に見えている。
政府解釈の変更を早急にせよ
憲法記念日の5月3日、各地の集会やテレビ番組で最も現実的な憲法問題として取り上げられたのが九条問題だったことは当然のことだろう。
9条を文字通り解釈し、非武装的な立場から安全保障を捉えれば、日本は国際社会から孤立化するばかりか、自国の平和と安全も守れないとする憲法批判が相次いだ。NHKの特別番組で中曽根康弘元首相は集団的自衛権行使を違憲とする政府解釈の変更を強く求めた。「新しい憲法をつくる国民会議」(愛知和男会長)で発表された憲法改正試案は九条改正を明言した。
また「民間憲法臨調」(三浦朱門代表世話人)は、集団的自衛権行使の政府解釈の変更要求を改憲論の中心に据えた。
九条の「戦争放棄」を文字通り読めば、いっさいの戦力をもてず、日本を守ることすらできない。むろん、9条は自衛権まで放棄していないと「解釈」され、自衛隊合憲の最高裁判決もある(昭和34年、砂川判決など)。しかし、その自衛権の中身になると、きわめて曖昧で、政府は集団的自衛権については保持しているが行使は違憲と解釈している。
国連憲章にうたわれた集団的自衛権が行使できないという理解しがたい解釈が、9条を根拠にまかり通っている。その結果、集団的自衛権は保持していても行使は認めないとする憲法9条によって日本の安全保障が脅かされているのである。有事立法も憲法違反、ミサイル防衛も偵察衛星も憲法違反といった歪曲された反安保論が、憲法を盾にまことしやかに大新聞で論じられているのが、日本の現状である。
自衛隊の武器使用も9条の束縛を受けて法整備が進んでいない。9条で交戦権が否定されているとして自衛隊には武器使用を規定する交戦規定(ROC)がない。交戦規定が存在しない軍隊など世界どの国にもないことだ。国連にも交戦・武器使用規定(ROE)があり、威嚇射撃はもとより相手の攻撃前でも先制使用を認める。それが自衛隊にはないという不思議の国が日本である。
交戦規定のない自衛隊は警察官職務執行法第七条の規定に準拠して武器使用を行う。同規定は正当防衛と緊急避難を除いて「人に危害を与えてはならない」とする警察官に対する規定である。それを自衛隊にも当てはめるのだ。PKOでもこれを適用するので国際社会から笑われている。
こんな不可解な国は世界には一国も存在しない。国際貢献もできなければ自国すら十分に守れない。それはまさに憲法がもたらしているものだ。諸悪の根源は現行憲法なのである。9条をこのまま金科玉条にいただいておれば、もはや日本の未来はない。
だから、せめて政府解釈を変更せよ、と多くの識者が訴えているのだ。政府解釈の変更は当然のことだが、それだけでは不十分である。誤った解釈を生む憲法そのものを改正しておかねばならない。その時が来た。


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