思想新聞2003年5月15日【ニューススコープ】
地殻変動をもたらす
新生イラクに向けた動きが本格化してきた。イラク暫定行政機構(IIA)の第2回準備会が4月28日に開催され、先の会合をボイコットしたイスラム教シーア派の最大組織「イラク・イスラム革命最高評議会」も参加した。これで全国の民族・部族、宗派がほぼそろい、いよいよイラク人による本格政権樹立への一歩を踏み出した。これに連動して中東和平が動き出した。パレスチナでは和平の阻害要因だったアラファト議長の影響力が低下し、穏健派のアッバス氏を首班とする新政権が成立、さらにブッシュ大統領は和平への「ロードマップ」を提示した。サダム政権が打倒され中東は民主化と平和構築に向け前進し始めたのだ。
米英の対イラク軍事行動は開戦21日目の4月9日にバグダッドを陥落させ、サダム・フセイン政権が終焉した。イラク国民は20年以上も続いてきた恐怖と抑圧政治から遂に解放された。
これを受けてイラク暫定統治機構(暫定政府)の発足に向けた第1回準備会合が4月15日に開かれ、新生イラクづくりがスタートした。戦後復興には当面、米国防省の復興人道援助室(ORHA)が当たるが、ガーナー米退役中将は「3~4カ月以内」に暫定統治機構への行政権限の移譲を目指したいと表明。問題は全国民の6割を占めるシーア派の動向で、第1回会合では同派最大組織のイラク・イスラム革命最高評議会(SCIRI)がボイコットし先行きが懸念された。しかし、同組織も新生イラクづくりに乗り遅れないように第2回会合には参加し、イラクの各派勢力がほぼ出そろって幸先のよいスタートを切ったと言える。
イラクはイスラム急進主義の浸透が低く、シーア派も穏健である。同じシーア派のイランの介入が取りざたされているが、イラク人はアラブ人であってペルシャ人(イラン人)ではない。イラク国民としてのアイデンティティも醸成されている。クルド人もトルコとの軋轢があり、安易に独立へ走ることはない。準備会合に参加した各派は、共和制維持・連邦制導入でほぼ一致している(毎日新聞 5月9日)。
米軍が治安をしっかりと安定させ、各派のエゴを封じ込めれば近く暫定統治機構が樹立され、本格的復興に着手される。そして新生イラクは中東の政治情勢に地殻変動をもたらすことになろう。
言うまでもなく中東民主化がそれだ。イラク戦に先立つ2月下旬、ブッシュ大統領は「中東全体の民主化」を宣言。「民主的な価値観の拡大が世界共通の利益である。イラク新政権の樹立こそ、他の中東諸国の自由の手本になるはずだ」とブッシュ大統領は強調した。
米国の対イラク戦はフセイン政権に大量破壊兵器の廃棄を迫るためのものだが、それは単に兵器を廃棄させるだけでなく脅威をもたらす本体の「意図」を取り除く、フセイン政権放逐を目指すものだった。だから、それに替わる新政権は中東全体の自由の手本としなければならない。それが米国の決意だ。
なぜなら中東には問題がありすぎるからだ。親米のサウジアラビアがその最たる存在といえる。サウジは長く親米国として世界の原油供給の調整役も担ってきたが、9・11テロでは実行犯19人のうち実に15人がサウジ出身者だった。これは何を意味しているのか。
サウジは表向きは親米でも底辺ではイスラム原理主義者の温床となり、反米が渦巻いている。その原因は巨大な石油利益と政治権力をごく一部のサウジ王室が独占し、多くの若者には働き場もない。言論の自由もなく王室批判が禁じられているモスクでは、「何でも悪いのは米国だ」式の煽動がなされており、行き場のない若者を反米に駆り立てている。このサウジにいつまでも依存するわけにはいかないとの焦燥感が米国にある。
4月29日にカタールを訪ねたラムズフェルド国防長官は、米軍がサウジから撤退することで両国が合意したことを明らかにした。90年の湾岸戦争以来、約1万人が同国に駐留してきたが、イラク戦終了はサウジの中東における米国の重要性が低下したことをはっきりと示したといえる。
サウジとて民主化の例外ではないと米国は暗に言っているのだ。中東民主化がテロ対策に欠かせない。なぜなら中東は世界の通商地図から抜け落ち、経済成長から取り残された結果、若者の疎外感を拡大させている。よく言われたように「貧困」の問題がテロの温床であり、その「貧困」は米国がもたらしているのではなく、中東の独裁腐敗政権がもたらしている。米国はこう考えているのだ。
実際、中東22カ国の輸出合計の世界に占めるシェアは1980年の13%から01年には4.3%にまで落ちた。読み書きのできない大人は6千5百万人(中東全体2億8千万人)もおり、その大半は女性だ。インターネット接続状況はサハラ以南よりも劣る。人口は2020年には4億人を超す見込みだ。都市に溢れる若者が学ぶ機会も働く場所も提供されずに放置され、その怒りを独裁政権によって米国に誘導されれば、中東がさらなるテロ輸出地帯となるのは間違いない。
だからこそ、これを解決しなければならない。若者に「能力と機会の自由」を与え、石油利益を平等に還元しない限り、真の平和は中東にも世界にも訪れない。それには民主化するしかない。これが9・11後に米国が得た結論である。だから新生イラクは中東民主化の試金石となるのだ。
さて、もう一 つ中東のガンと言えばイスラエルとパレスチナとの紛争である。ここでも「諸悪の根源はイスラエル」としてさえいれば、中東諸国は安泰だった。ユダヤ陰謀説がそれだ。中東の独裁政権はパレスチナ紛争を心の底では歓迎していたのだ。だからこそイラク問題が終われば、パレスチナ和平に着手せざるを得ないのである。
フセイン政権崩壊を目の当たりにしたアラファト議長もようやく観念したかのように見える。米国と欧州、エジプトの圧力に屈し、パレスチナ自治政府初代首相に穏健派のパレスチナ解放機構(PLO)のアッバス事務局長が就任することを承認した。4月29日から開催されたパレスチナ評議会はアッバス政権を了承し、米国と欧州、国連、ロシアが提示した「ロードマップ」の実現に向けてイスラエルとの対話に向かうことになった。
この和平プログラムは2005年までにイスラエルとパレスチナの恒久的な包括和平を確立しようというもので、イスラエルに入植活動の凍結、パレスチナにテロ摘発などを求め3段階で「二つの国家」体制に移行しようというものだ。両者ともに難問を抱えているものの、この実現以外にパレスチナ和平はないと言える。シャロン・イスラエル首相はアッバス新首相と会談する意向だ。約2年半に及ぶ暴力の応酬の悪循環を断ち切る転機になるよう期待される。
とまれ、サダム・フセイン政権崩壊は、中東に地殻変動をもたらしつつある。


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