国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1896号 (令和8年4月1日)

エイズ禍の震源「同性愛」 80年代、サンフランシスコ拠点に

思想新聞2004年3月15日号【1面左】

日本も危険水域に入った

 エイズ(後天性免疫不全症候群)は現在、世界で猛威を振るっている。昨年末、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染者は最大で4600万人に達し、毎日14000人が新たに感染、8000人が死亡している。アフリカで爆発的増加が続き、サハラ以南のアフリカでは5人に1人が感染。ついで中国、インド、インドネシアなどでエイズ蔓延の波が押し寄せている。
 なぜHIVが出現したのか今なお謎とされている。類人猿のもっている病原体がさまざまな種を経て人間の体に侵入したというのが有力な説だが、感染ルートは解明されていない。だが、はっきりしているのは、最初のエイズ感染者(ゼロ号患者)は81年、米国で確認された31歳の同性愛者の男性だったということだ。
 彼はニューヨークやロサンゼルスなど8都市で40件以上のエイズを起こしたとされる。それは患者自身とのセックス、あるいは患者とセックスした男性とのセックスとして広がっていったと言われ、医療ジャーナリストのロビン・ヘニッグ女史は、次のように述べている。
「彼自身(ゼロ号患者)によると、彼には年間250人のセックス・パートナーがいて、それは病気が始まってからも続いていたという。無防備なセックスがパートナーにも危険を及ぼすことを1982年に知らされてからも、彼はエイズをうつす恐れのあることを言わなかった。むしろ逆に駆り立てられるように征服を続け、行為が終わってから『俺は死ぬことになっている。おまえもだ』と男たちに話していた」(『ウイルスの反乱』青土社)
 また、米国スクリップ研究所のウイルス免疫生物研究部長のマイケル・オールドストーン博士は『ウイルスの脅威』(岩波書店)の中で、当時の米国について次のように語っている。
「1970年の終わりから80年代の初めは、同性愛が社会的に容認された劇的な時期であった。(とくに)サンフランシスコは性的自由の約束の地となり、74年から78年にかけて2万人近い同性愛の男が移住し、その後も毎年約5千人の流入が続いた。サンフランシスコで献血される血液の5ないし7%がゲイからの献血と推定されている。エイズを起こすHIVは血液の中にある。やがて輸血を受けた患者、外科治療を受けた患者、そして血液製剤を定期的に輸血しなければならない血友病の人々にエイズに似た症状が見られるようになった」
 性別の嗜好にかかわらず、際限のない野放しの性的自由はエイズのほかに、B型肝炎、アメーバ感染症、ジアルジア症、淋病、梅毒、カリニ肺炎、カポジ肉腫などさまざまな病気をばらまいた、と同博士は指摘している。
 HIVは体液(血液および精液など)から感染するのであり、同博士が言うように「野放しの性的自由」は爆発的感染の主要な原因なのだ。輸血や血液製剤による二次感染はその被害者であることは論を待たない。血液感染は厳重監視で防止しやすいが、性交渉による感染は防ぎにくい。だから70年代の米国のように倫理的退廃が進むとエイズ禍が爆発するが、日本もそうした危険水域に入っていることを忘れてはならない。
 実際、日本でHIV感染者が増え続けている。国連の年次報告(03年版)は年間6百件以上に増えている日本の現状について「感染報告数は1990年代の2倍に達した。日本の若者たちの間で性行動が広がっている」と指摘している。国連エイズ計画のピオット事務局長は日本に対し、①性行動が変化し若者がHIV感染の危険にさらされている②少しずつだが感染が増えている③多くの人が事態の深刻さを理解していない――の三点を挙げ、「個々には目立たなくても三つが一緒になると危険なカクテルだ」と警鐘を鳴らしている(産経新聞03年11月27日)。
 にもかかわらず、政府は性モラルの確立に真っ正面から取り組もうとはしない。それどころか「コンドーム教育」などの過激な性教育すら容認している有様だ。こういう最中に米国から同性愛結婚を許容しようとする運動が日本に持ち込まれてくれば、エイズ禍が爆発的に拡大しかねない。十分な警戒が必要だ。

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