思想新聞2002年7月15日【主張】
日本共産党は7月15日に党創立80周年を迎えた。それに先だつ8日、共産党は東京都内で党創立80周年記念講演会を開き「胸おどる展望が実感される記念日だ」(不破議長)と位置づけ、21世紀に革命を成就させる熱意を燃やした。
だが、これほど国民を愚弄するものもあるまい。共産党の80年は日本国家と国民を欺き続けた80年にほかならないからである。共産党の正体を徹底的に暴き、共産革命を阻止するために全力をあげねばならない。
過去を臆面もなく肯定する党の本質
共産党の80年とはいかなるものか。そのポイントは以下のようになる。
第一に共産党はソ連共産党日本支部として創立された事実は消しようがない。
同党は1922(大正11)年7月15日、創立大会を開き満場一致でコミンテルン(国際共産党)への加盟を決め、これをもって党創立とした。つまり、共産党は国際共産党日本支部として創立されたのである。創立資金もコミンテルン極東委員会(事実上のソ連共産党)から出されていた。
ソ連共産党の手先だったことを羞じるなら、とうてい党創立80周年など祝う気にはならないはずだが、共産党は臆面もなく創立を祝っている。ここに日本共産党の本質が知れる。
第二に暴力革命の歴史的事実もまた消しようがない。
共産党が最初に暴力革命に取り組んだのは1932(昭和7年)で、コミンテルン極東部長クーシネンの指導を受け入れ「32年テーゼ」を採択、「議会主義的幻想を培うような方向に向けず」「帝国主義戦争を内乱に転化して、ブルジョア=地主的天皇制の革命的転覆を招来する」として暴力革命を展開、32年の川崎第百銀行ギャング事件や33年のリンチ殺人事件(宮本顕治前議長が主犯)などを起こした。
こうした暴力革命行為について共産党は何ら謝罪することもなく80周年を祝っている。暴力革命が正しいと考えるから平然と祝えるのだろう。
第三にはその暴力革命と何ら変わらない革命路線を現在も堅持している。
宮本前議長のもとで61年に「日本共産党綱領」を採択したが、それは民主主義革命の後に社会主義革命を目指す「二段階革命論」で、「敵の出方論」なる暴力革命による政権奪取を目指す。その後、綱領は国際情勢の変化などを受けて若干修正されているが、「宮本路線」は何一つ修正されることなく相変わらず「日本革命」を企てようとしているのである。
第四には天皇制を柱とする日本の国体を転覆し日本の伝統文化を抹消しようとしている。
共産党は46年に「日本人民共和国憲法草案」を発表したが、これを今日まで破棄すると明言したことがない。そこには天皇制廃止が唱えられており、日本の伝統文化を封建主義の遺物として抹殺しようとしている。この共産党の本質はまったく変わっていない。
第五には「前衛党」なる革命政党の性格を何ら改善させていない。共産党を戦闘的革命集団にするためにレーニンはコミンテルン加入条件に「前衛党」「民主集中制」が組織原則であるとしたが、共産党は今もその組織原則を堅持している。
一昨年11月の第22回党大会で共産党は規約を改正し第一条に新たに「党の名称は、日本共産党である」を盛り込み、さらに従来の「日本の労働者階級の前衛政党」との規定から「前衛」を削除し「日本の労働者階級の党であると同時に、日本国民の党」であるした。しかしこれをもって「前衛党」から脱皮したとは言い難い。
「前衛党」から脱皮し普通の政党になるなら「国民の党」だけにすればよいが、新規約ではあくまでも「労働者階級の党」にこだわり、しかも「民主集中制」については新規約にも「民主集中制を組織原則とする」(三条)と明記した。つまり共産党はコミンテルン規約を後生大事に抱き続けている。
第六に反安保・反自衛隊政策を今なお採っている。
ここでも共産党は国民の目を欺くために22回党大会で、自衛隊は憲法違反の存在だが、急迫不正の主権侵害や大規模災害など必要に迫られた場合には、存在している自衛隊を国民の安全のために活用するのは「政治の当然の責務」との新見解を発表した。
マルクス・レーニン主義の党に変化なし
これは共産党が政権参加した場合、前政権からの自衛隊存続を継承することになるから、そうした過度的な時期に対する態度として示したもので、国民の警戒感を取り払って政権入りをするための方便にすぎない。
いずれにしても共産党はマルクス・レーニン主義政党であることに変わりがなく、だから彼ら自身、80周年を祝っているのである。こうした共産主義政党を日本社会に温存させておくわけにはいくまい。


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