国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1895号 (令和8年3月15日)

対テロ国際戦線 集団的自衛権行使の決断を

思想新聞2001年10月1日号【主張】

 小泉首相とブッシュ大統領が日米首脳会談が開き「テロを根絶し、破壊する」との目標で両国が連帯して取り組むことで一致したことは評価できる。国際社会が団結して対テロ対策に当たろうしているときに、日本がかつての湾岸戦争の時のように「カネだけを出す国」「顔の見えない国」になれば、世界から孤立し滅亡の道を転がり落ちてしまうだろう。小泉首相が素早く訪米し、顔が見える形で可能な限りの米国支援を表明した意義は大きいと言わねばならない。

テロとの戦いは自衛行動である

 対テロ行動は朝日新聞などの左翼世論がいうような「報復のための軍事行動」ではけっしてない。
「自衛のための軍事行動」であることは世界が認めていることだ。アナン国連事務総長は米国の対テロ軍事行動を米国の当然の自衛権発動としている。だから米軍の軍事行動には国連のテロ非難決議だけで十分とし、安保理での新たな武力容認決議は不要としている。
 そもそも国連憲章五十一条は「国連安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と規定し、集団的自衛権を国家固有の権利としている。だから6千人以上の死者・行方不明者を出した今回の大量殺りくテロに対してNATO(北大西洋条約機構)は設立後初めて集団的自衛権行使を発動することを決めた。
 テロに対して最悪の政策は、テロに屈することである。テロを容認したとテロ集団に認識させれば、それこそテロは際限なく続くことになる。それがこれまで幾多のテロを経験した世界の教訓である。だから、テロ撲滅宣言(96年、G8テロ対策閣僚会議)は「テロに対して妥協なく戦う」と世界にむかって宣言しているのである。たとえ「報復は報復を生む」と考えて軍事行動を控えてもテロはそんなことに関係なく次々に仕掛けられてくる。テロとはそうした性質のものである。
 しかもテロは、恐怖心を抱かせて暴力に屈するように誘導しようとするところに狙いを定めている。自らの主張を言論ではなく暴力を用いて強いようとする態度は、最初から対話を拒否し、脅しによって他国や人を操ろうとしているのである。だからテロと戦おうとする人々が恐怖心を抱き、弱腰になれば、テロの矛先は容赦なく対テロ戦線の「弱い輪」に向けられることになる。今回の場合、テロの標的は親米のイスラム穏健諸国ということになるだろう。
 テロは国家テロを除いて少数者の政治的暴力手段であることが多い。事実、ビンラディンの率いるテロ集団は13億人のイスラム教徒の0.001%にも満たない数千人規模でしかない。彼らは少数者ゆえにテロを駆使し、テロの恐怖をテコにイスラム全体を屈服させようとしている。イスラム圏を「味方」に引き入れ、「キリスト教文明対イスラム教文明」という対立構図を作り出して世界戦争、「文明の衝突」に持ち込もうと画策しているのである。
 ここには共産党の手法がはっきりと読み取れる。共産党は革命の前衛党(少数者)としてプロレタリアートをけしかけブルジョアジーとの全面対決に持ち込もうとした。同じようにビンラディンのテロ集団はイスラムの前衛集団としてイスラム全体をキリスト教文明と対決させようと企図しているのである。
 だからこそ、国際対テロ戦線はテロリストを「人民の海」(毛沢東)に逃してはならない。人々からテロ集団をあぶり出し、捕縛し裁かねばならない。テロと断固として戦ってこそ、「文明の衝突」を回避しイスラム諸国を守ることができるのである。対テロの国際連帯に加わることが真の世界平和への道である。そのことをはっきりと知っておかねばならない。
 テロに対する自衛の戦いこそ、最大の国際貢献である。それゆえに本来的には自衛権の行使としてテロ対策に臨むべきであり、NATOのように集団的自衛権行使に踏み切って米軍支援を行うことが正しい道である。しかし日本は集団的自衛権行使が憲法に抵触するという政府見解に縛られ大局を見落としている。
 すでに述べたように集団的自衛権は国際法(国連憲章条約)が認める国家固有の自衛権である。憲法が自衛権まで否定していないというのが最高裁判決で定まった見解であるのに、なぜ集団的自衛権保持は護憲だが行使は違憲であるとする異様な政府見解に固執し続けるのか。そうした間違った戦後政治風土を打破しない限り新世紀は始まらない。
 日米首脳会談で小泉首相は米軍に対する後方支援新法の早期成立など、先に決めた日本政府の七項目の支援措置の実施を公約した。これはもはや単なる日本政府の国内政策ではない。世界の人々に対する国際公約でもある。
 本来ならば集団的自衛権行使でもって対テロ戦線に参加すべきであるが、当面は後方支援新法で臨むというなら、臨時国会で早急に制定すべきである。その際、新法の中身はできるかぎり集団的自衛権行使に近づけておくべきだ。

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