【思想新聞2001年11月15日号】【視点論点】
軍事評論家 菊池謙治氏

今なおウォール街には煙が漂う 最近、米国の威信を揺るがす事件が相次いで発生している。先ず9月11日、ニューヨーク、ワシントンで同日午前に同時発生した中枢テロ事件である。同地域周辺の空港を離陸した四機の旅客機が直後にハイジャックされてニューヨークの世界貿易センタービル(東西両棟あり、高さ420メートル、110階)に2機、ワシントン郊外の国防総省に一機、ペンシルバニア州ピッツバーグに1機がそれぞれ突入した。
この事件で突入した旅客機の乗員乗客266人はもちろん、ニューヨークの人的被害は甚大で、11月9日現在、3770人が行方不明のままである。この中に日本人24人が含まれているが、うち遺体が発見されたのは3人にすぎない。
瓦礫(がれき)は総量120万トンと見積もられてビル5階の高さまで積もっており、20台以上のクレーン車や重機が24時間稼働して半分ほどが撤去されたが、地下数回に達する残りの瓦礫に詰まったオフィス用品等は、今も燃え続けて煙はウォール街に漂っている。
この事件の影響で観光客は激減、前年比で13%減と見積もられ、観光産業は23億ドル(約2800億円)の損失を受けた。これまでに市内の失業者は約2万5千人に上り、失業者が増える年末には8万人に達すると見られている。FBIがビンラディンの犯行と断定 さて、犯人は誰か。FBI(連邦捜査局)は、世界最大のテロリスト、オサマ・ビンラディンと断定した。彼の名前はこれまでも何回となく出てきている。1993(平成5)年にも、世界貿易センター爆破事件があったが、この時も彼がテロリストを背後で操り資金を援助していたし、98(平成10)年のケニア・タンザニアの米大使館同時爆破事件でも、その首謀者と見られていた人物だ。
オサマ・ビンラディン(44)はサウジアラビアの大富豪の息子で、79(昭和54)年のソ連軍アフガン侵攻時、イスラムゲリラに参加してソ連軍と戦った経歴を持ち、86(昭和61)年から2年間にパキスタン等に6個の軍事訓練用キャンプを設立、国際組織アルカイダ(「基地」の意)を結成して反米テロ活動を行ってきた。
主な事例を挙げると、93年2月、ニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件、95年11月、サウジアラビア・リヤドの国家警察隊施設・爆弾テロ事件・96年6月、サウジのダーラン米空軍基地住宅爆破事件、98年8月、ケニアのナイロビ、ダンザニアのダルエスサラーム・米大使館連続爆破事件。2000年10月、イエメン・アデン港で米駆逐艦に爆装小型艇突入事件等である。空爆作戦から特殊部隊も投入 この挑戦に対してブッシュ大統領は9月15日、「われわれは戦時体制下にある。戦いは必要な限り続く」と述べ、同時テロを決行した原理主義テロ勢力との長期戦への覚悟と、今後の日常生活上の支障への忍耐を国民に求め、国防総省は米本土防衛強化を柱とする一連の措置を「ノーブル・イーグル」(気高き鷲)作戦と命名、予備役3万5千名の招集を命じた。
さらにアフガニスタン周辺に空・海軍戦力を集中、10月7日からタリバンに対して空爆作戦を開始。20日には特殊部隊を投入し、カンダハル近郊でタリバン部隊と交戦するに至った。 その後の戦況は、紙面の都合で割愛するが、この状況下で10月12日、ニューヨークのNBCテレビ勤務の女性が炭疽(そ)菌に感染している事実が判明した。
さらに、米上院のダシュル民主党院内総務宛に炭疽菌入り封筒が送られ、議員秘書ら31人から陽性反応が出て、捜査当局は、ニューヨークの同時テロと炭疽菌テロとの関連を重視して調査中だ。
しかし、炭疽菌事件が、報復テロなのか、国内過激派の犯行なのか、絞りきれない状況で、一般国民の不安は高まるばかりである。今、米国は内外の「新しい戦争」に備えての対象を模索している。


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