思想新聞2003年3月15日号【3/5全国役員大会特集 識者のスピーチから】
元NHKプロデューサー・評論家高瀬廣居氏
大会に招待頂いた時、ちょうどワシントンポスト記者ボブ・ウッドワードの『ブッシュの戦争』の邦訳本を読み終えた。その中でブッシュ大統領が既に昨年8月の段階でイラクに対し明確な国家意志の決定を行っていることを知った。そして本の中でブッシュ大統領は「国連とは牙を抜かれた討論団体。露仏の合意を得るのは望ましいが、武力行使に合意を求める必要はない」と言った。
また米国はフセインと金正日という独裁者を打倒し全世界を解放するという役割と使命を担っていると、明確に述べる。さらに米国の単独一国主義に対する批判や反戦運動は悉く悪意に満ちたものだというがどうか。国家意志の決定を行うには善は善、悪は悪との明確な理念と、背景となる宗教的原理を欠いて成り立ち得ない。本大会で掲げられた「道義的国家」とは、宗教原理を持たなければ確立できない。
かつて天皇を中心とした天皇制宗教というものが、厳然とあったがゆえ、わが国は国家としての道義性が守られた。では今、わが国での宗教的原理とは何か。ブッシュは福音主義者。だから彼は、道徳と愛が悪影響を受ける妊娠中絶や同性愛に真っ向から批判している。
わが国の政治家諸侯は、いかなる宗教原理に基づき、平和を求め道義国家を造るのか。わが国の政治指導者に、宗教的原理について話をほとんど聞いた覚えはない。
皆さんが勝共連合として勝利を収めた背景には、宗教的思想があり原理があったからだ(拍手)。それを欠き、いかなる形で平和を求め戦争に反対しても、全人類が一つの輪と共同体としての道は選択できない。今日の危機が、宗教的原理と、政治外交国際関係との関わりにおいて起きているのは明らか。日本が平和を求めるなら、国家として自らもつ宗教原理を、全世界にアピールすべき。だがそれは現憲法下において可能だろうか。
道義とは、慈悲と愛なくして成り立たたない。この慈悲と愛こそ人類が産み育てた宗教。この宗教は、決して政治的手段に隷属化されてはならず、宗教が常に政治を指導し人類を導くものでなくてはならない。ブッシュの決断には宗教的原理があり、イラク人民を巻き込むフセインにも宗教的原理がある。だが日本国民は、いかなる宗教的原理に基づき平和な世界秩序をつくり出すか。FWPはその難問に取り組み、見事に道義国家ビジョンの提示に成功した。
■沖縄は米軍基地を抱えているからこそ安全だ
自民党沖縄県連顧問・元県議会議員西田健次郎氏
私は27歳で市議会議員に通って以来共産党との闘いに明け暮れてきたが、勝共運動と市議の時に出会い、爾来仲間として闘ってきた。
5年前に北朝鮮に一週間ほど視察に行った。団長ということだったが、金日成像の前に花輪を捧げるのを見て絶対受けられないと固辞し、最高顧問という形で訪朝した。
金日成の遺体が安置されているところまで約2キロのエスカレータが延々と続く。電気も車も走らないところに、よくも一人のリーダーのためにこんな施設をつくったなと感じた。その前に「詣でた」人は「主体思想はすばらしい」と書かれたものに署名させられる。日本人はほとんど署名してしまうのだが、私は「もうじきこの国は滅びるから」と署名を拒否した。それを見て署名を取り消した若い自民党議員もいた(笑)。先日パーティで、この時に同行した沖縄の公明党の幹事長が「あなた偉いよ。署名を拒否してたよね」と声をかけてくれた。
森前首相など皆署名している映像が出ている。しかし主体思想のどこがいいのか。日本から訪朝した政治家が軽はずみにそんなことするから、北のプロパガンダに利用されてどうにもならない状況に立ち至っている。そんなことは地方議員の私ですらわかる。
というわけで、よく生きて帰ることができたと思う(笑)。ことほど左様に、あの国に一週間いただけで頭がおかしくなる。空気がおかしい。国民がかわいそうだ。拉致や核や麻薬やテロを平気でやる専制君主を、神様にするために国民が生きるのに喘いでる姿というのは本当に気の毒でならない。この人たちを助けてあげたい。しかし、日本は国家として戦略をもち、しっかりと対応していかなければならない。
私は、今日の小山田会長の講演でさらに自信がついた。沖縄は米軍基地を抱えている。いつ沖縄に報復攻撃があるかもしれないと心配する向きもあるが、逆に米軍基地があるから沖縄は安心だと言える。絶対に北朝鮮は米軍の心臓部に弾を撃ち込みなしない。もし一発打ち込めば千発やられるからだ(笑)。だから逆に、私は「沖縄が一番安全だ。むしろ東京の方が危ない」と言っている。
今後、文先生の哲学を実行できるよう、そして今日の大会決議が成就できるような世論をつくりながら、それを政治に展開する仲間の一人として頑張っていきたい。
■真の意味で悪に打ち克つのは宗教の力
筑波大学名誉教授加藤 栄一氏
この大会で力を与えられ、各自の持ち場に散り闘う。しかしそれは決して孤独な闘いではない。
物事の根幹にはやはり宗教がないといけない。ブッシュ米大統領はキリスト教の信仰は持っているようだが、近代合理主義的に、国益など物事を損得勘定でのみ捉えるようだ。やられる前にやっつけるのでは、本当の意味で「悪」に勝つことはできないのではないか。最終的に勝つのは、やはり宗教の力だと思う。本当の宗教は「敵が右の頬を叩けば、左の頬を差し出す」はずだ。ブッシュ政権は、残念ながらそこまでいってはいない。イラクを叩いても真の世界平和が訪れるとは思えない。だから本物の宗教的立場というものをめざすべきだ。
本物の宗教とは、自分の敵とか味方だから利用するものであってはならない。他の人も自分と同じ存在だ、だからその人のために働き、生きることができる。それは決して無理難題を強いるのではない。その典型例が、母子関係だ。赤ちゃんと母親は決して別の存在とは言えない。お母さんは、赤ちゃんが火の中にいたら平気で飛び込んでいくことができる。そうした境地こそ、本当の「宗教的立場」と言えるのではないか。


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