国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1898号 (令和8年5月1日)

視点論点

米国

「中国の核軍拡を容認する」・ブッシュ 選挙めあての小手先細工は失敗か

思想新聞2001年9月15日号  視点論点 スタンフォード大学フーバー研究所顧問 片岡鉄哉 今月中旬の訪中を控え、ブッシュ政権が中国のNMD(米本土ミサイル防衛)計画への反対を中和させるべく、核軍拡を容認する発言をしたために反響を呼んでいる...
視点論点

靖国参拝、首相の苦渋の選択対照的な産経・朝日両紙

 終戦記念日の8月15日の靖国神社参拝を前倒しして13日に参拝した小泉純一郎首相の決断は、「世界の中の日本の立場」を配慮した苦渋の選択であった。 首相の決断に対照的な反応を示したのは、産経新聞と朝日新聞の社説だった。産経は「苦渋の決断だが信を失う」として参拝前倒しは、15日参拝を表明した首相発言の重みからみて、国民の信を損ない、「改革断行」を掲げている首相の決意を疑わせるものであり、「靖国問題」を外交カードにしてきた中国・韓国の圧力をさらに高めさせる結果になろうと論じた。 朝日は、「これが熟慮の結果か」のタイトルのもと、軍国日本による侵略や植民地化の傷が癒えない近隣諸国の人たちにとり、首相の靖国参拝は悪夢をよみがえらせるようなものだ、隣国の不信を招く参拝そのものをやめるべきだったと論じた。さらに、同社説は戦争責任の問題に答えない首相の歴史認識に疑問を呈するとともに、8月15日の社説「歴史に対する責任とは」で「戦後の原点」に立ち返ると、避けて通れないのは、「昭和天皇の戦争責任をめぐる問題」としている。 朝日社説は、過去の日本の行動をすべて真っ黒に描く、いわゆる自虐史観に基づくものだ。天皇の戦争責任まで持ち出しているのは、マルクス主義的な発想が背後にあるためだろう。昭和天皇が開戦に反対だったのは多くの史実で立証されている。さらに明治憲法下で、天皇の政治は輔弼(ほひつ)を受けることが決められており、政治上の決定権はなく、内閣の相違には原則として異を唱えることはできなかった。
北朝鮮

金正日に次の一手はあるか

思想新聞2001年7月15日号 視点・論点 宮塚利雄・山梨学院大教授  浮上する後継者問題 5月1日、金正日総書記の長男、金正男が偽造パスポートで日本入国を図り、国外退去されたことで、にわかに北朝鮮の後継問題がクローズアップしてきた。金正男...
視点論点

世界都市TOKYOが日本を支える 24時間空港が絶対必要

思想新聞2001年6月15日号【視点・論点】 清水馨八郎・千葉大名誉教授 私は山梨県に生まれ東京に育ち、人生の大半を東京で過ごしてきた。そして都市学者として東京は素晴らしい街だと誇りを持っている。「神は村をつくり、人は町をつくった」という有...
視点論点

小泉新政権の経済政策への注文

思想新聞2001年6月1日号】【視点論点】菅野英機・上武大学教授 《小泉新政権の経済政策》 小泉首相はその所信表明演説において、日本経済の再生を目指して、「小泉内閣の第一の仕事として、森内閣の下で取りまとめられた『緊急経済対策』を速やかに実...
国際貢献

世界に貢献する日本のODA・3

【思想新聞2004年6月1日号】 視点論点地球的規模で深刻な水資源メコン河開発で支援不可欠元中央大学教授長谷山崇彦氏 21世紀は資源と環境が地球規模で深刻な問題だが、ODA(政府開発援助)はこれを守るために活用されるべきだ。とりわけ注目され...
国際貢献

世界に貢献する日本のODA・2

【思想新聞2004年5月15日号】 視点論点強い日本を求めるアジア諸国元中央大学教授 長谷山崇彦氏◆自助努力の重視を 日本のODAには借款比率が他の先進国と比較して高いという特徴がある。無利子や低金利で、返済期間が長期となる。対して、返還を...
国際貢献

世界に貢献する日本のODA・1

【思想新聞2004年5月1日号】 視点論点援助には初等教育が効果的元中央大学教授 長谷山崇彦氏 日本の国際貢献において大きな割合を占めるのが経済協力だ。就中ODA(政府開発援助)は額と、また発展途上国への効果において群を抜いている。 昨年度...
拉致問題

「国家主権」と拉致問題・3

【思想新聞2004年4月15日号】 視点論点一人一人の力が国を変える 昨年12月10日、東京・九段会館で、「家族会」「救う会」「拉致議連」の三者が共同して、各党の代表を呼んで緊急集会を開いた。「(アンケート)結果はこの通り。法律を作るのか、...
拉致問題

「国家主権」と拉致問題・2 

思想新聞2004年3月15日号【視点論点】「北朝鮮に拉致された日本人を救出する全国協議会」会長佐藤勝巳氏拉致問題を我が事と受け止めよ国会議員の大多数が支持 一昨年の10月15日、5人の拉致被害者たちが日本に帰ってきた頃、間もなくして68才の...