靖国参拝、首相の苦渋の選択対照的な産経・朝日両紙
終戦記念日の8月15日の靖国神社参拝を前倒しして13日に参拝した小泉純一郎首相の決断は、「世界の中の日本の立場」を配慮した苦渋の選択であった。 首相の決断に対照的な反応を示したのは、産経新聞と朝日新聞の社説だった。産経は「苦渋の決断だが信を失う」として参拝前倒しは、15日参拝を表明した首相発言の重みからみて、国民の信を損ない、「改革断行」を掲げている首相の決意を疑わせるものであり、「靖国問題」を外交カードにしてきた中国・韓国の圧力をさらに高めさせる結果になろうと論じた。 朝日は、「これが熟慮の結果か」のタイトルのもと、軍国日本による侵略や植民地化の傷が癒えない近隣諸国の人たちにとり、首相の靖国参拝は悪夢をよみがえらせるようなものだ、隣国の不信を招く参拝そのものをやめるべきだったと論じた。さらに、同社説は戦争責任の問題に答えない首相の歴史認識に疑問を呈するとともに、8月15日の社説「歴史に対する責任とは」で「戦後の原点」に立ち返ると、避けて通れないのは、「昭和天皇の戦争責任をめぐる問題」としている。 朝日社説は、過去の日本の行動をすべて真っ黒に描く、いわゆる自虐史観に基づくものだ。天皇の戦争責任まで持ち出しているのは、マルクス主義的な発想が背後にあるためだろう。昭和天皇が開戦に反対だったのは多くの史実で立証されている。さらに明治憲法下で、天皇の政治は輔弼(ほひつ)を受けることが決められており、政治上の決定権はなく、内閣の相違には原則として異を唱えることはできなかった。