国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1898号 (令和8年5月1日)

暗躍する日教組・共産党教育基本法改正阻止を狙う

思想新聞2002年8月1日【1面TOP】

「宗教教育」妨害を画策全国で改正反対運動仕掛ける

第10回の中教審総会で遠山敦子文部科学相から教育基本法改正について諮問依頼書を手渡される中教審会長の鳥居泰彦・前慶大塾長(2001年11月26日、東京・青山=時事)

 教育基本法の見直しを検討している文部科学相の諮問機関・中央教育審議会の基本問題部会は中間報告のたたき台をまとめた。それによると、見直しの一つとして教育目標に「伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心(日本人としてのアイデンティティー)の育成」を新たに盛り込む方針を決めているものの、「宗教教育」の積極的導入は行わないとの考えを示している。これはきわめて中途半端な見直し案である。「宗教教育」は道徳教育の基本になるもので、これを避ければ道徳・倫理面の教育改革は進まない。中教審で教育基本法の改正阻止で暗躍しているのは日教組推薦委員らである。はたして中教審で教育基本法の抜本的見直しができるのか、国民はその動きを注視しておかねばなるまい。

 遠山文部科学相が中教審(会長・鳥居泰彦前慶応義塾長)に教育基本法見直しを諮問したのは昨年11月のことだ。中教審は今年末を目途に見直し案を諮問する予定で、基本問題部会では愛国心や宗教教育など基本的な考え方を検討してきた。だが、率直に言って論争は唯物論対唯心論といっても過言ではない。
 なぜなら中教審には教育基本法改正を阻止あるいは骨抜きにしようとする日教組出身者が入っているからだ。
 16日の基本問題部会では京都ノートルダム女子大学長の梶田叡一委員が「宗教は人類の重要な文化遺産だということを忘れている」と宗教の知識に関する教育に前向きな意見を述べたのに対して、元日教組書記長の渡久山長輝委員は「戦時中の歴史の中から教育基本法9条は出てきた。たいへん重い条文だ」として宗教教育を阻止しようとする発言を行った(読売新聞7月17日付参照)。
 いうまでもなく、道徳教育を否定してきた日教組は教育基本法を堅持させ、同法を盾に学校に宗教教育を持ち込ませないために策動している。7月18日には進歩的文化人ら24人が「教育と文化を世界に開かれたものに――教育基本法『改悪』に反対する呼びかけ」を発表している。呼びかけは、改正論議について「『伝統文化の尊重』の下に、愛国心や国家への奉仕を重視し、復古的な道徳教育の強化の主張が強まっている」とし 「偏狭なナショナリズムやエリート主義によって、教育を再編する動きが独善的に決められ、子どもに押しつけられてはならない」としている。
 こうした教育基本法改正阻止運動を日教組は全面的に支援、都道府県教組に対し「教育基本法改悪阻止・全国5万カ所対話集会」を開かせている。
 一方、共産党系教職員組合の全教は7月上旬、第18回大会で「教育基本法改悪を許さない国民の意思を示し世論をつくる1千万署名運動に全力をあげてとりくむ」とする大会決議を採択し、年末に向けて教育基本法改正阻止運動を全国で展開するとしている。

大丈夫か中教審迷走する基本問題部会論議

 こうした左翼・唯物陣営の動きを受けて、中教審の論議は腰が引けているようだ。とりわけ宗教教育では迷走が目立つ。
 基本問題部会では「カルトやマインドコントロールに対し、自分で意思決定できる個の確立のための教育」が必要だといった特定宗教を弾圧しかねない「宗教教育」論が飛び出したり、「普遍的な宗教心というものはない、学校においては、宗教によらない道徳教育を行うべき」「宗教教育という見出しは適切ではない」「憲法の規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意すべき」など、宗教教育に消極的な意見が飛び交っている。
 これでは何のための教育基本法改正かわからない。同法見直しで最も重要なことは、教育を通じて道徳・倫理基盤の確立を図る国の基本理念を示すことだ。なぜなら現行の基本法の最大の欠陥は、人権ばかりを重んじ、家庭、国家、民族、歴史、伝統、文化を抹殺するかのごとく、宗教・道徳教育を否定してきたところにあるからだ。
 戦後日本は、教育基本法9条と憲法20条を根拠に宗教教育を教育現場から一掃し、その結果、道徳教育が形骸化してきたことを忘れるべきではない。日教組および共産党系全教の共産主義教員らは、基本法を後ろ盾に子供たちに唯物論教育を施してきた。このような歪な基本法を土台とした戦後教育は、子供たちに生きる目標と日本人としての自覚を喪失させ、少年凶悪事件の多発やいじめ、不登校などの問題を生み出してきた。
 だからこそ教育基本法改正は、家庭を基盤に伝統文化の良さを見直し、宗教情操教育をしっかり行い得る理念として提示することに意義がある。日本の教育に魂を入れ直さなければならず、そのための教育基本法改正としなければ意味がない。
 2000年12月、教育改革国民会議は当時の森首相に「教育を変える17の提案」と題する最終報告を提出。その中で「新しい時代にふさわしい基本法」の必要性を訴えた同提案を、教育基本法見直しの指針にすべきである。
 同提案は、最初に「人間性豊かな日本人を教育する」との項目を掲げ、第1に「教育の原点は家庭であることを自覚する」、第2に「学校は道徳を教えることをためらわない」、第3に「奉仕活動を全員が行うようにする」、第4に「問題を起こす子供への教育をあいまいにしない」、第5に「有害情報等から子供を守る」などの提案を行った。
 この提案の重みを中教審は忘れてはならない。同提案は道徳教育の推進として「宗教を人間の実存的な深みにかかわるものとしてとらえ、宗教が長い年月を通じて蓄積してきた人間理解、人格陶治(とうや)の方策について、もっと教育の中で考え、宗教的な情操をはぐくむという視点から議論する必要がある」と記し、宗教教育の重要性を指摘していた。
 つまり宗教教育抜きの道徳教育などあり得ず、その軽視はすわなち道徳教育を形骸化しようとする日教組・共産党の左翼勢力の考え方である。
 ちなみに同提案は、国が子供を有害情報等から守るために法整備を進めることを求め、青少年の健全育成を法整備で対応することを促している。
 いずれにしても、真の教育改革に取り組むには戦後、軽んじられ抹殺されてきた「家庭教育」や「宗教教育」を復活させねばならない。中教審の審議は年末の答申に向けて大詰めを迎える。日教組や共産党の策謀を許してはならない。

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