思想新聞2003年12月15日号【ニューススコープ】
政権の不安定さ露呈
秋はロシアの政治の季節。特に今年は下院選、大統領選を前に、政治的動きも活発化している。下院選で憲法改正が可能な三分の二を抑え、2期目の再選を後に、「2期8年」の露大統領の任期延長を目指すプーチン大統領とその支持勢力の治安機関は、政敵の排除に躍起だ。しかしその手法は強権的なものであり、旧ソ連時代を彷彿させるものがある。強権と改革志向。発足以来、このバランスで成り立っていたプーチン政権が、ここに来て変化する兆しを見せている。
ロシアではこの秋12月の下院選、来年三月の大統領選を前に、大きな政治的動きが見られた。その一つが、「ロシア石油王」の逮捕だ。
ロシア検察当局に拘束されたのは、同国最大手の石油会社、ユコスの社長であったミハイル・ホドルコフスキー氏。米経済誌フォーブスの長者番付で26位、総資産額80億ドルという大富豪である。
10月下旬の同氏の逮捕直後には、ユコス社の株式44%が露検察によって差し押さえられた。容疑は横領、脱税などである。しかし露国内外の識者はこれを単なる経済犯罪とは捉えていない。
露経済界の「顔」の逮捕
90年代に国営企業の民営化に乗じて巨万の富を成したホドルコフスキー氏は、この国の典型的な新興財閥(=オルガルヒ)だ。他の財閥同様、資産の形成過程に問題を抱えてはいるが、同氏とそのグループは「健全・透明な経営」を標榜し、欧米からも評価されている“ロシア経済界の顔”であった。
この国の産業を牽引する石油業界の総帥の逮捕は、内外の経済界に衝撃をもたらした。差し押さえの前日、これに嫌気をさしてロシア取引システム(RTS)は8%も下落。有力日刊紙コメルサントは「(ホドルコフスキー氏の)逮捕後、ロシア市場から時価総額の目減り分などを中心に270億ドル(約2兆9千億円)が失われたと報じている。
経済界がこれほど動揺した理由は、同氏の逮捕が政治的理由によるものだからだ。
エリツィン前大統領を支えた新興財閥の支持によって、プーチン氏は大統領に就任する事が可能となったが、大統領が標榜する政策は「強い大国・ロシアの復活」。秩序回復やマスコミ統制、また経済面では石油・ガス部門の国家管理を進めている。
政策で政府と対立 露共産党にも支援
そうした中、寡占資本の利益を守りたい新興財閥が、その資金力にものを言わせて下院で野党議員の買収を続け、クレムリンが準備する法案の通過が捗らない事態が、プーチン政権の初期から続いてきた。
国家資産の簒奪や脱税、石油輸出に絡む不法行為といった自社の利益を追求しているうちは、プーチン大統領も黙認してきた。
しかしホドルコフスキー氏は政府の経済政策と衝突するようになり、またリベラル政党のみならず露共産党にも資金を提供。財界の一部から「次の大統領に」と持ち上げられると、「プーチン氏の2期目の満了後に」と政界進出への意欲を表明するに至った。
来秋の大統領選では「第1回投票で再選」を至上課題とし、その試金石として12月の下院選での与党の勝利が不可欠であったプーチン大統領にとって、ホドルコフスキー氏は厄介な存在だったのである。
ロシアの国民にとって、新興財閥は「ロシアン・ドリーム」の体現ではなく国家の財産を盗んだ“泥棒貴族”。その不満を反映するように同氏の逮捕に関する世論調査では、43%が支持した。
この「石油王の逮捕」と、選挙戦での与野党間の争点がはっきりしないこともあって、12月8日の下院選の開票では与党有利の情勢だ(12月7日時点)。プーチン大統領にとっては、ひとまず安心といったところだが、強権行使で政敵を排除した代償は大きい。
政治リスクに外資の手控え広がる
欧米の投資関係者は、ロシア市場における政治リスクを改めて思い知らされた。5年連続となるロシアの経済成長は、石油、ガス、非鉄など資源・素材産業が牽引してきており、その大半は新興財閥が運営している。
エリツィン前政権の『金庫番』といわれ、ホドルコフスキー氏に次ぐ富豪のアブラモビッチ氏は、「次に誰が拘束されるかわからない」と不安を隠せない。こうした中、外国からの投資も手控えが広がっている。
また今回の事件で、クレムリン内における勢力のバランスが大きく変わったことも懸念材料だ。
プーチン政権は主に二大勢力によって形成されていた。一つは、エリツィン前大統領から政権を移譲された際、同じく引き継いだ「ファミリー」と呼ばれるグループ。これら旧エリツィン派は、新興財閥の利権を擁護し、(西側志向の)経済改革を推進してきた。
もう一つは、大統領と同じく旧ソ連国家保安委員会(KGB)の出身者で構成される、「国家管理」の強化を目指す“強権派”だ。このグループには軍や官僚など旧ソ連の支配層が含まれ、彼らは「(新興財閥主導の)民営化で自らの利益が侵された」と感じている。
政権内のパワーバランスが崩壊
これまで二つの勢力の間でバランスをとり続けていたプーチン大統領だが、ユコス事件を契機に、政権内の「旧エリツィン派」の一掃も実行。「ファミリー」の中心的人物であったウォロシン大統領府長官が解任され、やはりそのメンバーであるカシヤノフ首相やスルコフ大統領府副長官の更迭も取りざたされ始めた。
露経済紙コメルサントは「強権派がリベラル派を掌握しつつある」と警鐘を鳴らす。しかし大統領は「旧KGB派の力が政権内で強大になることも望んではいない」(カーネギー財団モスクワ研究所シェフツォワ研究員)。
政敵を強権で排除する手法により、プーチン大統領のイメージは内外の政治・経済面で大きく傷ついた。また、自らが望んでいない政権内の強権派の台頭も招いた。
それでもそうした手法に訴えざるを得なかったのは、来年3月の大統領選において第1回投票で過半数を取得できるかどうか、カリスマ性のない大統領陣営には展望が見えないからだ。
この秋のロシアにおける一連の政変は、プーチン政権の強権依存への転換と、内在する不安定さを露呈したものだったといえる。


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