思想新聞2001年6月1日号 主張
小泉政権の目玉とされている田中真紀子外相の初の外交舞台は北京で開催されたアジア欧州会議であった。就任以来、外務省との軋轢が伝えられ、外交日程もキャンセルするなど田中外交の危うさが目立っていたが、日中外相会談は無難にこなしたものの、個人的なパフォーマンスは相変わらずで、安定感は見られない。このままでは日本外交に一貫性を欠きかねない。外交原則に則った田中外交を望みたい。
外交は個人ではなく国家のためのもの
田中真紀子氏が外相に就任してほぼ1カ月が経ったが、この間、外務省内部の人事問題はもとより外交姿勢でも揺れ動き日本外交にマイナスを与えた感は否めない。
まず教科書問題について田中外相は就任当初、芙蓉社教科書を「事実をねじ曲げている」などと発言、まるで中韓に同調するかのような態度を示した。外務省人事では朝令暮改のロシア課長問題でバトルを繰り広げ、外相秘書官が相次いで交替。この間、ブッシュ大統領の特使として訪日しているアーミテージ国務副長官との会談をキャンセルしたのをはじめ、ロシア外相との電話会談もドタキャン(土壇場でキャンセル)するなど、日本外交への信頼を損ねた。
また毎日新聞(5月23日)は田中外相が「金正男」不法入国事件では発覚する前に国外退去を行うよう外務省幹部に支持したと伝え、産経新聞(5月19日)は中国の唐家セン外相との電話会談で台湾の李登輝前主席の訪日を今後は認めないと言明したと伝えている。これらが事実なら外相というよりも個人の見解を優先させて日本外交の原則をねじ曲げているとしか言いようがない。
ただ教科書問題では衆院予算委で「メディアに報じられていることに基づいて発言した」として修正し、「教科書の修正は明白な誤りがあった場合などに限られる」との政府見解に合わせた。また5月24日に北京で開かれた日中外相会談では従来の政府見解を述べたにとどまり外務当局を安心させた。
だが、これで田中外交の危うさが払拭されたわけではない。
田中外相は自己改革にあたるべきである。
第一に田中外相は外務大臣の職務を自覚し外務職員との一体化をはかるべきである。たしかに田中外相が怒るような外務省の「伏魔殿」ぶりは外交機密費問題で露見している。外務省の改革は焦眉の急であり、田中外相には大ナタをふるってもらいたい。しかし省内改革は外相だけで行えるわけではない。職員がすべて「伏魔殿」にすくっている悪魔というわけではなく、職員の信頼関係がなければ省内改革をやり遂げられない。
また省内改革に気が取られ、あるいは省内改革の名のもとに大臣と職員の関係が悪化、疎遠となり本来の外交機能を損ねるようなことがあってはならない。外務大臣の本来の職務はあくまでも日本外交の推進である。省内のごたごたによって外交懸案が滞ったり、ねじ曲げられては決してならない。
第二に日本外交は日米同盟が礎石になっていることを肝に銘ずるべきである。
アーミテージ国務副長官はブッシュ政権の中にあって米外交なかんずく対アジア外交の中心に坐っており、レーガン・タイプ型をめざすブッシュ大統領に実務面を任されている大物である。外交の基本は信頼関係であることを考えれば、アーミテージ副長官との会談キャンセルは日米関係に齟齬を生みかねない。そういうことも理解できないとなると田中外相の外交センスが疑われよう。
いま日米関係は戦後最大の曲がり角に立たされている。ブッシュ政権が同盟重視政策を打ち出し、日米同盟強化を世界戦略の柱に据えようとしているからだ。さらに「核のカサ」から「ミサイル防衛のカサ」へと安保戦略を大きく転換させようとしている。
ブッシュ戦略は日本に本来の同盟国としての役割を求めており、国連平和維持活動(PKO)への積極参加や集団的自衛権の行使、有事法制・スパイ防止法制定などを促してくると予想されている。日本外交は日米同盟の強化へと従来以上の日米対話が必要となっている。
マスコミ情報を鵜呑みにするな
第三には日本外交はマスコミ情報に動かされてはならず、外交情報にもとづき原則に従って推進していかねばならない。
田中外相はマスコミ情報を鵜呑みにするきらいがある。教科書問題でも判断材料はマスコミ報道であった。職員とのバトル劇もワイドショー的な情報が基礎となっているようだ。これでは厳しい情報戦の国際社会では他国の術中にはまってしまう恐れがある。
日本外交の原則とビジョンを明確にして国益が損なわれないよう田中外交に注文したい。


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