思想新聞2003年4月15日号【ニューススコープ゚】
安易な国連主義は通用せず
日本も「戦後統治」参加を
米英の対イラク軍事行動は米英軍が大統領宮殿を占拠するなどバグダッド包囲網を一層狭めたことで最終局面を迎えている。焦点はサダム・フセイン政権がいつ打倒されるかに移っている。だが、フセイン政権側が市民を盾に抵抗すれば500万市民を巻き込んだ市街戦も予想され、今後の動向は予断を許さない。ポスト・フセイン政権をどう立ち上げるかについても国際社会の見解は一致していない。こうした中で日本の積極的なイラク復興支援が望まれるが、それには政府が米英の対イラク軍事行動を支持したように、あくまでも米英主軸の枠組みを崩してはならない。国連は平和機構として機能させるには米英の支持が不可欠であり、安易な国連信仰・全方位外交に陥ってはならないのだ。
世界の60カ国が支持する米英軍を主体とする「イラクの自由」作戦は、同軍が3月7日に首都バグダッドにあるフセイン政権の最重要拠点である大統領宮殿を占拠したことで、戦局は大きな転機を迎えた。米英軍はバグダッド包囲網をさらに狭めていく方針だが、共和国防衛隊などフセイン親衛部隊がバグダッド市内で市民に偽装して市街戦を目論んでいるとの情報もあり、今後の戦闘展開に楽観論は禁物だろう。
だが、サダム・フセインがもはやイラク全土の実権を掌握していないことは歴然としている。20数年にわたって独裁圧制政権で苦しめられてきたイラク国民が「フセイン圧制支配」から解放されるのは時間の問題となった。フセイン政権が早急に打倒され名実ともに新しい真のイラク国民による政府が樹立されることが望まれる。
今後は「戦後統治」をどうするかが最大の課題となる。米英両国は【1】米英軍がイラク全土の治安維持を担当し、復興人道支援機構(ORHA)などの組織が暫定的に統治する【2】民族・宗教各派による暫定政権を樹立する【3】イラク人による本格政権を樹立する――というシナリオを描いているとされる(産経新聞4月8日)。
このプロセスで国連の役割が人道支援など限定的なものになるのか、それとも中心的な役割を担っていくのか、いまだ米英と仏独露中の見解は割れている。英国はEU(欧州連合)やアラブ諸国に配慮して国連の関与を拡大したい考えだが、米国は「中東の民主化」を念頭に国連(という名の仏独露中)の介入を排除したいのが本音である。
いずれにしても米英軍が「血の代価」を払ってイラクを解放したことの意味は大きく、米英主導で「戦後統治」が進むことは間違いない。
ここで留意すべきは、イラクの「戦後統治」が米英の描く三段階目(イラク人による本格政権樹立)に早急に移行させることだ。アフガニスタンの場合、暫定政権の立ち上げまで半年を要した。イラクの場合はスンニー派とシーア派の宗派対立とアラブ人とクルド人という民族対立などが錯綜、さらにクルド人問題がトルコやイランとも連動しているばかりか、アフガンと違って石油利権が大問題となるだけに暫定政権から本格政権樹立にまで長期間を要するというのが、大方の見方だ。
このプロセスで、フセイン残党やイスラム過激派は「戦後統治」を十字軍に、アラブ諸国民の共感を得ようと画策してくるだろう。しかもパレスチナ問題と絡めてくるのは目に見えており、こうした混乱を許せば「文明の衝突」の懸念が中東全体に広がるこよる「キリスト教支配」と位置づけ、テロやゲリラ活動を「ジハード(聖戦)」と見立ててとになる。
したがって本格政権の樹立に向けて国際社会の結束が必要となる。その結束のポイントは国連が主舞台になるべきだが、あくまでも米英を主軸とした国連となるべきだということだ。イラクの「戦後統治」の治安を維持していくのは当面、米英軍であり、米英を排除した国連関与などあり得ないからだ。もしイラク問題をめぐる国連安保理の分裂劇が再演するなら、米英はあくまでも自らの責任で「戦後統治」を進めていくことになるだろう。そうした中で日本政府の選択肢は一つしかない。ここでも米英支持である。
そこで日本は何ができるのかというと、現行法のもとではきわめて限定されたことしかできないのが現実である。国連決議がない米英による「戦後統治」の場合は、【1】イラクと周辺諸国に対する経済支援(ODAなど)【2】イラクの民政・復興支援および人道支援(ただし政府要員の派遣は現行法ではできず国際機関やNGOへの支援に限定)【3】イラク近海の機雷掃海の三点だけしかない。つまりカネの支援に限定されてくるのだ。
国連決議がある場合は国連平和維持活動(PKO)協力法にもとづいて、前記三点に加えて周辺国に対する「人道的な国内救援活動」が行えるが、イラク国内についてはほとんど不可能である。なぜなら「戦後統治」が当面、米英軍による治安維持を前提としており、PKO協力法の「停戦合意」などの参加五原則に抵触するからだ。同法ではフセイン政権が降伏しない限り戦闘状態が継続しているとみなしてPKO協力はできない。
そこでテロ特措法のような新法「イラク復興支援法」が必要となる。同法が成立すればイラクの民政・復興支援や人道支援、さらに大量破壊兵器などの処理などに当たる自衛隊などの日本政府要員をイラク国内に送り込める。ただし、ここでも「停戦合意」が必要となり、迅速かつ本格的な支援が可能なのか疑問視される。
これでは日本は国際貢献国家とは到底言えない。この矛盾を解決するには根本的には憲法九条を改正しなければならないが、それ以前には集団的自衛権行使を違憲とする政府解釈を改め自衛隊の海外派遣の道を開くことである。
さらにPKO協力法を改正しておくことである。昨年12月、福田官房長官の私的懇談会「国際平和協力懇談会」(座長・明石康元国連事務次長)が現状のPKO協力法が国際社会の現状にそぐわないとしてから「PKO参加五原則の見直し」と「多国籍軍への協力」など実に四十項目にわたる提言を行っている。明石氏は「PKO参加五原則が存在する限り国際貢献ができない」と強調しているが、まさにイラク復興支援がそうである。もはや「国際貢献はカネだけ」という日本の姿勢では世界に通用しないのだ。
とまれ、日本政府はイラクの「戦後統治」においても米英支持を貫き、復興支援に積極的に関与していかねばならない。安易な国連中心主義は日米同盟に亀裂を生じさせるだけだ。国連が真の平和機構たりえればそれでもよいかも知れないが、拒否権(大国一致原則)や敵国条項で明らかなように国連は肝心なときに無能化するのが現実である。その国連のPKOに対しても、ろくなことができない日本の現状を恥じねばなるまい。日本の改革がイラク復興支援でも問われる。


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