【思想新聞2004年5月1日号】 主張
EU(ヨーロッパ連合)は5月1日、バルト三国とポーランド、スロバキア、チェコ、ハンガリー、スロベニアの中・東欧諸国とキプロスとマルタの十カ国が加盟し「二十五カ国体制」として、新たなスタートを切った。
折しも、東アジアでも昨年12月には東京で開催された日本・ASEAN(東南アジア諸国連合=十カ国)首脳会議で「東アジア共同体構築」をめざす「東京宣言」が採択され、また4月26日には中国・上海市で開催された国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)総会で、アジア横断道路網「アジアン・ハイウェイ」整備のための政府間協定が調印されるなど、共同体づくりが始動している。
まず二国間のFTAが始動
EUを教訓に我々東アジアも本気で共同体を構築していくと
きを迎えたと言えよう。
なぜヨーロッパでEUが結成され、さらにそれが東方にまで拡大され「二十五カ国体制」という「巨大欧州」の出現にまで至ったのだろうか。それは欧州が二度の大戦で廃墟と化し、民
族主義的対立、国民国家同士の戦いの愚かさを身を以て味わい、「戦争をしない」「自由と繁栄を得たい」という共通意識が人々の間に広がったからだ。
その出発点となったのは、実に欧州における報復と懲罰、憎しみのシンボルだったルール地方の共同管理からだった。同地は第一次大戦後にフランスが報復占領し第二次大戦の遠因を作った場所だが、戦後はそれを教訓に逆に独仏が中心になって石炭鉄鋼の共同体づくり、すわなち欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)を1953年に発足させ、それを足がかりにEEC、ECへと発展、92年のマーストリヒト条約締結でEUの形成へと進んだ。
我々東アジアも「戦争をしない」「自由と繁栄を得たい」という思いは国を越えて人々の共通意識であることに変わりはないはずだ。そして、東アジアでは経済的にはもはや切り離せないほど関係が深まっている。とりわけ経済成長の著しい中国が東アジア経済に加わったことで、域内全域に貿易自由化の嵐が巻き起こり、政治的な「壁」を築いておれなくなっている。「東京宣言」はそうした流れの必然的結果と言える。
そして、共同体構築に先だって二国間でFTA(自由貿易協
定)を結ぶ動きが活発化している。日本は今年初めからタイ、マレーシア、フィリピンとFTA交渉に入り、三カ国を軸に2012年までにASEAN全体とのFTA締結をめざす。さらに韓国とは昨年末、FTA締結に向けた政府間協議の初会合を開き、2005年をゴールに据えて、関税障壁の原則撤廃をはじめ、投資環境の整備や知的財産権など幅広い分野での経済連携をめざすことを決めた。
自由、民主主義、市場経済の「共通の価値」を持つ日韓両国がFTAを先行させれば、人口一億七千万、GDP(国内総生産)規模六百兆円の共同市場が生まれる。そして人、モノ、情報の交流によって東アジアに活路が開け、東アジア共同体構築への先導役を果たすことになると期待される。
とくに、経済面では自由化されていても自由と民主主義で大きく遅れている中国の人々を刺激し、日韓を中心に「共通の価値」を大陸へと広げ、民主化の大河に中国を招き入れる契機となるのは必定である。
FTAの動きとともに注目されるのは、東アジア共同体の大動脈となるアジアン・ハイウェイの建設がようやく本格化したことである。
アジア高速道路網も本格着手へ
これは4月26日、中国・上海市で開催されている国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の総会の席上、23カ国が「アジアン・ハイウェイ」整備のための政府間協定に調印して決まったものだ。東京を起点に韓国、北朝鮮、中国、アフガニスタンなどアジア大陸を網の目のように走り、欧州に至る総延長約十四万キロの横断道路網の建設がこれで本格的に動きだすことになる。
この構想が初めて打ち出されたのは1959年のこと。国連の経済社会理事会のもとで地域の経済、社会開発を助け各国の経済関係を強化しようというECAFE(アジア極東経済委員会=現ESCAP)が立案し、アジア鉄道網事業とともにその実現がめざされた。だが、冷戦によって「分断のアジア」に陥れられ、今日まで構想倒れに終わっていた。インドシナと中国が開放に向かったのでようやく本格化したわけだ。
日本としては東京を真の起点にするにはEUでドーバー海峡トンネルが大陸と島(英国)を結んだように、日韓トンネルの建設が急がれよう。東アジア共同体による真の世界平和創建へ本腰を入れていきたいものだ。


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