国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1896号 (令和8年4月1日)

2001年の政治決戦

思想新聞2001年7月15日号 主張

 21世紀の「骨太の国家像」を問え 21世紀最初の政治決戦が幕開けした。「小泉旋風」が吹く中で「構造改革」の是非が争点になっているものの、一部の野党を除いていずれの政党も「改革」を主張しており一見、政策面で違いがないように見受けられる。だが、21世紀にいかなる国家を造るのか、国家像こそ国政選挙では問わなくてはならない。「骨太の国家像」が提示されているのか、国民はこれを見据える必要がある。「戦後政治の総決算路線」必要 21世紀に日本はどのような国家を造っていくのかという「骨太の国家像」が今、求められている。小泉首相の「聖域なき構造改革」で明らかなように過去のしがらみを断ち切って「新生日本」を創建するには、国家像においてこそ聖域なき改革が必要となっているからである。
 現在、問われている「大きな政府」は、明治以来の後発国システム(中央集権・政府関与型政府)と大東亜戦争に突入するために作られた1940年体制(食管制度や直接税中心の税制度などに代表される集権的手法)によって形づくられたと指摘されている。つまり、「大きな政府」を見直し、時代のニーズにあった国家へと脱皮するには実に100年以上にわたる垢を落とさねばならないのだ。
 そうした世紀を超克していく覚悟がなければ「聖域なき構造改革」も所せん、小手先の経済政策に終わってしまうだろう。
7月の参院選がそのような大転換点になるか否かが最大の課題なのである。その意味で歴史の節目に立つ国政選挙といえる。
 本来、国家の舵取りをするのは政治の使命である。だから日本経済が「失われた十年」と呼ばれるような低迷を続けてきた責任も政治にこそある。不良債権処理ひとつ取っても政治家の怠慢によって問題解決が先送りされてきたのだ。そうした政治の怠慢、混乱をもたらす原点となったのが、12年前の89年参院選であったことを想起すべきである。
 89年参院選で自民党は36議席しか獲得できない歴史的惨敗を喫し、以来、参院において過半数維持が不可能になり「理念なき連立時代」を招いたのである。だから日本政治は厳密に言えば「失われた十二年」を歩んできたといえるだろう。
 なぜ89年参院選に自民党は惨敗したのか、その最大の原因は竹下政治にあった。すなわち、87年秋に中曽根首相から後継指名を受けた竹下登氏は中曽根内閣の「戦後政治の総決算路線」を事実上、放棄して、ふるさと創世で代表される内向き路線に転換し、「アジア時代」に移行しなかった。
 そうしたときにリクルート事件と消費税、農産物自由化の「三点セット」の追い打ちを受け、支持率が一桁に低迷し89年4月に竹下内閣は退陣に追い込まれた。これ代わって宇野宗佑内閣が誕生したが、宇野氏の女性スキャンダルが発覚し、これを加えた「四点セット」で89年参院選は惨敗したのだ。
 すなわち「失われた十二年」は外的に見るなら自民党の参院過半数割れであるが、それを内的に見るなら「戦後政治の総決算路線」放棄し続けてきたことと言えるのである。したがって、「失われた十二年」を取り戻すには、89年参院選のリベンジ(雪辱)、すなわち今回の参院選で自民党が圧勝することであり、同時に自民党が「戦後政治の総決算路線」に立ち戻ることを意味している。
 では「戦後政治の総決算」は何だったろうか。第一には、憲法九条問題に決着をつけることである。中曽根氏は83年、レーガン大統領との初の日米首脳会談で「日本列島浮沈空母論」を語ったように、スパイ防止法、有事立法などを制定し日米同盟の再構築を目指した。現在、アーミテージ報告(昨年秋)が同じ主張を行っている。小泉首相も首相就任記者会見で憲法改正に意欲的発言を行い日米同盟の強化に向かおうとしている。これは正しい路線だ。
 第二には、臨調路線の貫徹である。臨調路線は「小さな政府」を作る行革のことであり、国鉄、電電公社の民営化は図れたものの、特殊法人など他部門の改革は先送りされた。小泉首相の「聖域なき構造改革」とは臨調路線の貫徹にほかならず、これを実行しなければならない。
 第三には、臨教審によって路線を引こうとした教育改革の実現である。これは八〇年代に問題になった「いじめ」や暴力事件、受験の歪みなどを是正しようというもので、中曽根氏は教育基本法改正を視野に入れていた。しかし教育改革は中半端に終わり、森喜朗前内閣がその実現に意欲を燃やしたが結局、残されてきた。つまり青少年健全育成基盤の構築であるが、この視点は小泉内閣に欠落している。
 以上の「戦後政治の総決算」は21世紀の「骨太の国家像」を示唆している。89年参院選のリベンジは理念・政策面でのリベンジも迫られていると自民党は自覚すべきである

コメント

タイトルとURLをコピーしました