思想新聞2003年7月1日【ニューススコープ】
CIAとの連携でテロ防ぐ
タイの治安当局は六月中旬、東南アジア地域で活動するイスラム過激派のテロ組織「ジュマー・イスラミア(JI)」の「タイ細胞」メンバー3人を逮捕した。タイ人のJIメンバー逮捕はこれが初めてだが、5月にはカンボジア国内でもJI「細胞」が摘発されている。一般的にはイスラム過激派テロの「空白地域」とされてきた仏教国のタイとカンボジアにもJIのネットワークは密かに浸透していたのだ。しかも、「タイ細胞」は首都バンコク市内の米国、英国など5カ国の大使館や外国人居住地域を狙った自動車爆弾テロを計画していた。これまで観光産業など経済活動への打撃を恐れるあまり「タイだけは大丈夫」と言い続けてきたタクシン首相も、テロ制圧に向けて治安対策の抜本的な転換に乗り出さざるを得なくなった。そうでなければ「政府の(頭隠して尻隠さずの)ダチョウ政策は国家的惨劇を招く」(バンコク・ポスト紙社説)ことになる。
JI(「イスラム共同体」の意)は昨年10月、500人を超す死傷者を出したインドネシア・バリ島での爆弾テロ事件をはじめ、東南アジア各国での多くのテロ事件に関与しており、国際テロ組織「アルカーイダ」の「東南アジア別動隊」との見方もある。
域内各国の治安当局は01年末のシンガポールを最初に、マレーシア、フィリピン、インドネシアでもJI「細胞」の摘発を行い、各国で逮捕されたJIメンバーはバリ島事件の被告を含め140人に上っている。また、JIの精神的指導者とされるインドネシア人のイスラム聖職者、アブバカル・バアシル被告は「国家反逆罪」に問われ現在ジャカルタで公判中だ。
しかし、こうした各国での摘発にもかかわらず、まだ域内に潜伏する「細胞」も多く、海外の軍事・治安関係者は最近も「JIはまだ十分なテロ遂行能力を有している」(ファーゴ米太平洋軍司令官)などの警告を出していた。
そのJIによるバンコクでの自動車爆弾テロ計画が発覚したのは、5月16日、タイ警察がJI「シンガポール細胞」幹部、アリフィン・アリ容疑者をタイ国内で逮捕したことが発端になっている。この逮捕はシンガポール国内治安局(ISD)の要請に基づくもので、同容疑者は翌17日にはシンガポールに送還されたが、両国の治安当局はその時点では逮捕の事実を隠していた。
アリフィン容疑者は本名をジョン・ウォン・アーフンといい、イスラム教に改宗した華人系シンガポール人で、JIメンバーとして逮捕された最初の華人でもある。同容疑者は01年末のISDによる摘発行動を逃れて、マレーシアを経由してタイに潜入。その後はJI中央組織とカンボジアやタイの「細胞」との連絡・調整役をしていた。
同容疑者が逮捕後のISDの取り調べに対して行った供述内容からJI「タイ細胞」による衝撃的なテロ計画が判明。ISDとタイ当局の実質的な合同捜査によって6月10日のタイ南部ナラティワート県でのタイ人メンバー3人が可能になった。逮捕されたのはイスラム学校経営者のマイスリ・ハジ・アブドゥラ(首謀格)、その息子でイスラム青年運動リーダーのムヤヒ・ハジ・ドロ、それに医師のウェーマハディ・ウェーダオの各容疑者。また、警察は、爆発物の専門家でテロの実行班リーダーとみられる「第四の容疑者」サマーン・ウェーカジを指名手配した。さらに、これらの幹部の下に他にも多数のメンバーがいるとみて「タイ細胞」の全貌解明に全力を挙げている。
マイスリ容疑者らはJIの域内ネットワークの支援を得て、バンコク市内の米国、英国、オーストラリア、イスラエル、シンガポールの各大使館、および外国人が密集する地域(いわゆる「ソフト・ターゲット」)に対して自動車爆弾テロを敢行する準備を進めていた。「ソフト・ターゲット」には、日本人の長期滞在者の多くが居住するスクンビット通り界隈も含まれていたことが押収された地図から判明したという。
しかも、ワンムハマト内相(タクシン内閣唯一のイスラム教徒閣僚)の当初の発表では、テロ決行は「6月中」だとされた。内相の発表通りなら、タイの治安当局は「第二のバリ島事件」を文字通り「危機一髪」で阻止したことになる。
もっとも、3人の逮捕時に訪米中だったタクシン首相は帰国後、報道陣に対して、JI「タイ細胞」は「5カ国の大使館を狙って」テロ攻撃を企て、決行時期は「バンコクで十月に開催される予定のアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせた時期」だったと説明しており、ワンムハマト内相らの発表にあった「6月中」と「ソフト・ターゲット」への言及は消えていた。
警察官僚出身で治安情報の扱いには慣れているタクシン首相の発言は、容疑者の供述内容や捜査事実を客観的に伝えているというよりは、やはり経済状況への影響を配慮した上での「外交的発言」であると見る方が妥当だろう。しかし、それではテロ計画が本当はどういうものだったのかがますます曖昧になる。
ところで、JIの「タイ細胞」摘発に先立つ5月下旬には、タイの隣国カンボジアでも治安当局が「テロ行動を起す徴候がみられた」として、JIメンバーとされるエジプト人一人とタイ人二人を逮捕。同時に、当局はサウジアラビアの慈善団体「オム・アルクラ」が資金援助するイスラム学校の閉鎖を指示し、ナイジェリア、スーダン、イエメンなどの国籍を持つ同校教師28人とその家族の国外退去を命じた。
この「カンボジア細胞」の摘発に関し、同国の治安当局者は「米国からの情報と協力によるもの」と言明している。これは、アリフィン容疑者のタイ潜入に関する情報の提供と逮捕に始まるカンボジアやタイでの一連のJI摘発の背後に、米中央情報局(CIA)が密接に関わっていたことを示唆している。CIAと緊密に連携するシンガポールのISDが域内での連絡・調整機関を演じていたとみて間違いない。
実は、バリ島事件以降、CIAなど欧米諸国の治安・情報機関はテロリストの潜伏情報を極秘裏にタイの治安当局に提供してきたにもかかわらず、上述したように経済活動への影響を恐れるタクシン首相はテロ制圧には及び腰だった。
そうしたタイの治安当局とは対象的だったのが、テロ発生は経済への影響などの前に国家自体の存亡に関わるとの認識でテロ制圧に臨んできた「都市国家」シンガポールのISDである。その能力の卓越さはJIの「カンボジア細胞」と「タイ細胞」の摘発で如実に証明された。
海外の治安問題専門家は、外国人の出入国管理が緩やかなタイは、JIなどテロリスト網を構築しやすい国だと早くから警告してきた。地元紙でさえ「警備体制が弛緩しているタイ自体が典型的な『ソフト・ターゲット』だ」(6月13日付ネーション紙)と指摘し、タクシン首相が今回のJI摘発事件を機に国内の治安実態を矮小化するのではなく、思い切った対テロ政策の転換を図るように求めた。「テロ攻撃から安全な場所などない」(六月13日付バンコク・ポスト紙)からだ。それは同時に、地下鉄サリン事件の教訓を生かしていないわが国にも言えることでもある。


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