国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1896号 (令和8年4月1日)

超党派で憲法改正めざせ安保、国際貢献できぬ「九条改正」へ共通認識広がる

思想新聞2004年3月1日号【1面TOP】



自民、民主の改憲論 本格化

 憲法改正論議が超党派で本格化してきた。自民党と民主党が1月の党大会でそろって憲法改正案づくりを打ち出し、この動きに取り残されるのを懸念して消極派の公明党も改憲論議に加わったことで、憲法改正に向けての政治基盤が整ってきたからだ。とくに注目されるのは、安全保障や国際貢献をめぐって憲法の限界が浮き彫りになり、この打開が与野党を超えた共通認識になってきたことだ。その結果、政党の枠にとらわれない憲法論議が巻き起こり、改憲が急速に現実味を帯びるようになってきた。改憲の好機到来である。


 1月から始まった通常国会は、過去に例を見ない憲法論議国会となっている。
 通常国会初日(1月19日)の施政方針演説で小泉首相は憲法前文を引用して自衛隊のイラク派遣の意義を訴え、これに対して菅民主党代表は「違憲」と非難、激しいバトルが繰り広げられ、憲法論議が通常国会の焦点に浮かび上がった。その後の予算委などでも憲法論議が続いている。
 すでに自民党は「結党50周年の2005年に憲法改正案をまとめる」、民主党は「現行憲法60周年の2006年に憲法改正案を提示する」ことをそれぞれ1月の党大会で決めており、与野党第一党がそろって改憲を打ち出している。通常国会では早くもその中身をめぐる論争が巻き起こった格好だ。
 とくに注目されたのが民主党の動向である。菅代表はこれまで改憲消極派と目されてきたが、昨秋の自由党との合流で改憲派が大勢を占めるようになり、消極派にとどまっていることができなくなった。だが、いまのところ評判はすこぶる悪い。代表質問で放った「イラク派遣違憲論」が旧社会党ばりの主張だったからだ。民主党は「イラク特措法に基づく自衛隊派遣反対」であって、自衛隊派遣そのものを違憲として反対していたのではない。にもかかわらず菅代表は単純な「違憲論」をぶった。
 これにはさすがに党内から反発の声が起こり、「菅発言は党全体のコンセンサスではない」(鳩山前代表)との批判を受けた。だが、皮肉にも菅発言によって民主党内の改憲論議が“解禁”された形になり、党内論議の呼び水となった。
 菅代表の「改憲論」は自民党との「違い」を際だたせる選挙戦術用のきらいが強く、二月初旬の同党憲法調査会の初会合では「脱官僚」や「環境国家」「分権国家」を強調。同調査会に五つの小委員会を設置したが、「安保国際」委員会は五番目に位置づけるほど九条問題を避けている。いうまでもなく九条をめぐって旧社会党系と保守系との間に埋めがたい溝があり、民主党にとってはアキレス腱となっているからだ。
 しかし、通常国会での小泉首相と菅代表の激しいバトルはそうした党内事情を吹き飛ばし九条論議を“活発化”させた。菅代表が九条改正に消極的態度をとり続けることに業を煮やした保守系が超党派の活動に乗り出した。
 鳩山前代表は1月末、中曽根元首相を講師に招いて勉強会を開き、日露戦争開戦100年の2月10日には自民党議員とともに明治神宮に参拝、近く超党派の「日露戦争に学ぶ会」(仮称)を発足させる。鳩山前代表は九条改正論者として知られる。99年に発表した「ニューリベラル改憲論」(『文藝春秋』99年10月号)では、九条はまず「陸海空軍その他の戦力は保持する」を一番目の項目に明記することを主張していた。
 この鳩山改憲案は同年の『文藝春秋』九月号に掲載された小沢一郎氏(当時、自由党党首)の「日本国憲法改正試案」への批判として発表したもので、小沢氏が九条の二項を温存したまま第三項に「前二項の規定は、第三国の武力攻撃に対する日本国の自衛権の行使とそのための戦力の保持を妨げるものではない」と加えるとした改憲案を「戦後の九条論議を引きずっている」と痛烈に批判していた。菅代表は小沢氏が旧社会党系の横路孝弘氏の支持を取り付けたとされる「国連待機部隊構想」に乗っていると目されており、鳩山氏の活動は九九年の改憲論議を彷彿させる。
 一方、自民党と民主党の若手・中堅議員が憲法改正の共同作業に着手し始めた。超党派で作る「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」(代表世話人・武見敬三自民党参院議員)は2月18日、約百人の自民、民主、公明の各党議員が参加して総会を開き、中曽根元首相から改憲論を聞いた。同会には民主党から「次の内閣」外相の前原誠司衆院議員ら有力中堅議員らが参加しており、九条改正を視野に今後、超党派的な改憲作業を進める予定だ。
 同会で中曽根元首相は九条第二項に国家防衛を規定し防衛軍を明記し、第三項に防衛軍の国連協力、国際貢献、緊急事態条項を設けるなどの持論を披瀝、「憲法改正を実現させるときは国家の命運がかかっており、明治維新の志士のように脱藩してでもやるとの気概が必要だ」と改憲への決意を迫った。超党派での改憲の動きは政界再編を視野に入れた日本政治の一大転換になることを示唆したと言えよう。
 こうした動きに刺激を受けて公明党も動かざるを得なくなった。公明党は今も「集団的自衛権の行使については絶対すべきではない」とする九条絶対主義に立っている。しかし、自民党だけでなく民主党まで九条改正に動き、7月の参院選での最大の争点に浮上するとなると、九条論議回避は得策ではないと判断し、「加憲」論に盛り込むことを決めた。
 だが、党内では九条解釈が割れている。同党は結党時(64年)には「自衛隊は九条違反の疑いが強い」と主張していたが、次第に自衛隊合憲論に転換し、PKOでの自衛隊海外派遣も認めるようになった。それでも支持母体の創価学会には自衛隊アレルギーが強く、九条改正への慎重論が強いとされる。集団的自衛権行使についても「認めるべきではない」というのが公明党の大勢だ。つまり、旧社会党と同様に“革新”の残滓をいまだ引きずっているといえる。
 とは言え、公明党が自民党との連立を維持しようとするなら九条固執論では済まされなくなる。それどころか、民主党からも見放され、社民党や共産党と同様に政界の孤児に陥る可能性も秘めている。それだけに超党派の改憲運動が起これば、公明党もついて行かざるを得ないというのが大方の見方だ。
 とまれ、自衛隊のイラク人道復興支援は憲法論議とりわけ九条論議の引き金となったことは間違いない。これをテコに超党派で憲法改正をめざすべきだろう。
 
◎超党派の「新世紀の安全保障体制を確立する若手議員の会」の勉強会で講演する
中曽根康弘元首相(2月18日、東京・永田町、議員会館=産経)

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