国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1898号 (令和8年5月1日)

韓国動乱休戦50年妥協なき対北政策を貫け

思想新聞2003年8月1日号【主張】

 7月27日で韓国動乱の休戦協定が調印されて50年を迎えた。韓半島は半世紀を経て現在、かつてないほど緊迫の度を強めている。緊迫を招いているのは、北朝鮮が国際社会のルールを破って核開発を続け、核弾頭を保有したと伝えられるばかりか、金正日総書記が米国との「最終決戦」を叫んでいるからである。我々はわが国の安全と平和を確保すると同時に、北朝鮮を共産体制から解放し北東アジア共同体を創建するために全力を挙げなければならない。

休戦協定締結50年の教訓は

 休戦協定50年を通じて確認しておかねばならないことがある。第一は、韓国動乱は国際共産主義の後押しを受けた北朝鮮の侵略によって引き起こされたという厳然たる事実である。
 このことを左翼勢力は長く否定し続け米帝国主義が挑発して仕掛けたといった言説を繰り返してきた。いまなお「米ソの国際的な覇権争いが凝縮された形で発火点に達したことは間違いない」(朝日新聞7月23日)といった表現で、北朝鮮の南侵を相対化しようとする動きがある。これは歴史を歪曲するものであって断じて許されるものではない。
 第二は、休戦から半世紀で自由・共産の体制競争はとっくに勝敗が付いているということである。
 経済面では休戦直後の南北の経済力は北が圧倒的に上だった。これは日本併合時代からのもので北は工業、南は農業が主だったからだ。北朝鮮は1954年の経済復興三カ年計画を手始めに、87年からの第三次七カ年計画に至るまで経済成長に取り組んできたものの、成果ははかばかしくない。ついには経済計画すら立てられずにいることは周知の通りだ。
 2002年度では一人当たりの国内総所得(GNI)は韓国が1万13ドルに達しているのに対して、北朝鮮は数百ドル(韓国銀行推定は762ドル=実際は400ドル前後)のレベルに低迷しており、90年代以降、100万人規模の餓死者を出していると見られる。
 韓国と北朝鮮は政治においても民主と独裁、言論や文化においても自由と抑圧といったように、あらゆる面で北の体制は南に敗北しており、もはや比較すべくもない。
 第三に、今日の韓半島の危機を生来せしめている張本人もまた北朝鮮であるということだ。
 北朝鮮は1962年に「四大軍事路線」(全人民武装化・全国土要塞化・全軍幹部化・全軍現代化)を採用して以来、変わることなく軍拡を続けてきた。核開発ももとを正せば、韓国動乱で目の当たりにした米軍の圧倒的軍事力に対抗するため、休戦協定調印後に学生らをソ連に派遣、原子力技術者の養成に着手し56年に「ソ朝核連合協定」を締結したことに由来する。
 北朝鮮は91年に韓国と韓半島非核化共同宣言に合意し(92年に批准)、92年には国際原子力機関(IAEA)と保障措置協定を締結した。さらに94年には米朝核基本合意(米朝核枠組み)に署名した。にもかかわらず北朝鮮はこうした国際約束をことごとく反故にして核兵器開発に手を染めてきた。
 しかも北朝鮮は身勝手にも94年に国連軍の窓口だった休戦委員会から代表団を撤収し、95年には一方的に「休戦協定破棄」を宣言した。ちなみに休戦協定は53年7月27日、国連軍総司令官(マーク・クラーク米軍司令官)と中国人民義勇軍司令官(彭徳懐)、朝鮮民主主義人民共和国(金日成)の三者で締結されたもので、当時、韓国は休戦に反対して署名に加わっていない。北朝鮮はこれを根拠に米国との二国間対話に固執しているわけだが、自ら協定を破棄しておきながら米国に「体制保障」を求めるのは噴飯ものと言わざるを得まい。
 いずれにしても、休戦50年を迎えて北朝鮮が断末魔を迎えようとしていることは疑いないところだ。
 そこで我々は対北朝鮮政策を明確にしておかねばならない。その第一は、日米韓の一体化を強化することである。ブッシュ―小泉会談で明らかにされているように対北朝鮮政策は「対話と圧力」のほかに選択枝がない。とりわけ北が軍拡路線を続けている限り「圧力」が不可欠となる。無原則な対話は北の分断工作に乗せられるだけであることを、特に韓国は留意すべきだ。
 第二は、当面の「対話」はあくまでも北朝鮮に核放棄を迫るために行われるべきであるということだ。北朝鮮が核放棄および大量破壊兵器破棄を国際社会に約束かつ実行することによってのみ初めて「体制保障」なるものがあるのであって、その逆はあり得ない。もちろん日朝交渉はこれに加えて拉致被害者の完全帰国があることは言うまでもない。
 休戦協定から50年間に得てきた教訓、すなわち共産主義には断じて妥協しないという決意を我々は今一度、想起しておく必要があるだろう。

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