国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 最新の主張はこちらから

三重県連合会「平和の世紀」を創り出そう400人集い設立5周年記念大会

思想新聞2003年11月15日号【全国の活動】

小山田会長「変革期の世界と日本の役割」講演

 世界平和連合(FWP)三重県連合会は「5周年記念 世界平和連合三重大会」を10月19日、津市内の津市センターパレスホールで開催し、会員ら約400人が参加した。講師の小山田秀生FWP会長が「変革期の世界と日本の役割」と題して記念講演を行った。

 開会挨拶を司会の戸田伊佐子婦人部長が述べた後、FWP紹介ビデオ「世界平和への道」が上映された。国歌斉唱に続き、主催者を代表して笹治崇志本部長が「本連合の文鮮明総裁は、2000年の国連のミレニアムサミットで、国連の二院制導入を提唱された。それに準ずる機関として10月3日、超宗教超国家平和協議会(IIPC)をニューヨークで設立した。身近な豊かさ、平和を実現させていくためにも、このような大きな次元での物事の見つめ方が必要だ。是非、小山田会長の講演を聞いて学んで頂きたい」と挨拶した。
 続いて来賓が紹介され、代表して帝塚山学院大学名誉教授の川上与志夫氏が「40年程前から米国の黒人差別を勉強している折、アメリカインディアンの差別問題にぶつかり、特に十数年前からは彼らの所に住み込み、今も年二回ぐらいは行って勉強している。彼らの言葉に、『白人はどれほど獲得したかによって評価を受けるが、我々の社会ではどれほど多くを分け与えたかということで評価する』とある。獲得の社会は戦争に結びつき平和はない。平和を守るためにはいかに与えるか、与える喜び、奉仕する喜びを彼らは今も守り抜いている。平和の第一歩(根源)は、私たち自身が自分を与えることができるのかということだ」と挨拶を行った。
 祝電の披露の後、柴田浩也事務局長がパソコンのプレゼンテーションソフトによるスライドを用いて活動報告を行い、記念講演となった。
 記念講演で小山田会長は「20世紀は『戦争の世紀』と言われただけに、21世紀こそ安心のできる『平和の世紀』であることを誰もが願っていた。しかし、9・11米国同時多発テロに見られるように以前と違った大混乱が地球上を覆い続けている」と述べた上で、「世界平和実現のため、宗教指導者も参画して新たなビジョンを提示するIIPCの設立が文鮮明総裁の提唱で10月3日、ニューヨークで設立された。新たな次元での紛争が現れ、私たちは世界が抱えている共通課題をいかに解決していくか。これは21世紀に解決しなければならないが、20世紀が残した問題といっても過言ではない」と指摘し、これらの問題を整理して、①中東問題②韓半島問題③環境問題④家庭崩壊と青少年の倫理退廃の問題について詳しく現状を解説し、展望を示した。
その中で、特に男女共同参画問題について言及し「ジェンダーフリー思想は、変形共産主義である」と明言。「体制としての共産主義はソ連のように崩壊した。このジェンダーフリー教育を先駆けて行ったソ連は犯罪が急増し、家庭が崩壊した。すなわち性差を撤廃し、男女の役割分担を徹底的に排除した結果、国としての活力を喪ったばかりか、フリーセックスの天国となった。既にスウェーデン、米国においても実験済みである」と指摘し、日本での実例を紹介しながら、「共産主義の巧妙な戦術に『言葉の魔術』がある。概念の濫用、一つの言葉がいくつにも取れるような語義の多義化がある。教育の分野において日本は国家としての基本戦略を欠き、今重大な危機が引き起こされている」と訴えた。
 また、国連の問題については「ただ国益を中心とした段階では限界があり、国連は世界平和のために劇的な変換を成さなければならない。紛争やテロの根底には宗教対立があることを踏まえ、今回設立されたIIPCは、具体的な問題解決と平和実現のため国連に『超宗教議会』を設置するよう働きかけを準備している」と、文総裁の理念を紹介した。
 最後に小山田会長は「平和は天運とひとつになること、宇宙の原則である為に生きることを通して、親子関係、夫婦関係、兄弟関係を一つにする哲学が大切だ。そして日本は、韓半島の東洋文明のエキスである精神的な力と一つとなり、21世紀のアジア太平洋文明をつくる使命がある」と訴えて、講演を締めくくった。
 会長に中川清子さんより花束が贈呈された後、新たに六人が平和大使に任命された。第一支部の中川善五郎支部長が大会決議案を発表し、満場一致の拍手で採択された。
 閉会の挨拶は三重県日韓親善協会常任副会長であり事務局長の真弓浩氏が「小山田先生の貴重な話に大変感銘した。このFWPの運動が身近な問題から大きな問題まで、皆様方と力を合わせて推進していきたい。こんな素晴らしい運動は他にはない。もう一つ躍進をして運動を盛り上げるため、力添えを強くお願いしたい」と述べた。そして第二支部の青弘支部長の万歳三唱で第一部が終了し、第二部の懇談会では、活発な意見交換の場となった。

◆大阪府連合会500人集め支部代表者大会渡辺事務総長が記念講演

 世界平和連合(FWP)大阪府連合会支部代表者大会が10月26日、大阪市内の大阪商工会議所ニューコクサイで開催され、支部役員・会員など約500人が参加した。渡辺芳雄FWP事務総長が「国連再生、超宗教理事会の設置と韓半島情勢をとりまく六カ国協議と日本の使命」と題して記念講演を行った。

 開会の辞に続いて、来賓の韓国民団大阪府本部・金昌植団長の代理として金炫秀・事務局副局長が挨拶した。金氏は「在日コリアンは地域社会で共生実現のため歩んでいる。拉致問題では、北朝鮮に謝罪と完全な解決を要求して運動している。一方、日本政府は国連による在日コリアン二世以降の再入国制度を廃止するようにとの勧告を事実上無視しており、在日の身分保証や戦後補償も不十分だ。森を構成する一本一本の木も見てほしい」と訴えた。
 村上太一・藤井寺市議は「皆様とは国際勝共連合の時代から三十年来ともにある。世界平和に向かって日本の政治が安定するよう、皆様が日頃から関心をもっていただいていることに敬意を表する」と激励した。
 竹本直一・厚生労働政務官ほか多数の祝電が披露された。この後、さる十月三日、ニューヨークでの超宗教超国家平和協議会(IIPC)創設会議の発足総会で文鮮明総裁が講演した「新たな国境線撤廃と世界平和」のメッセージを読み上げた。
 渡辺事務総長が登壇し、講演の冒頭で「日本における最大の問題は日増しに進んでいる家庭崩壊だ。その原因は、戦後、全体より個が重視されてきたことにある。また、家庭を意図的に崩壊させようとする思想がある。それがジェンダーフリーによる男女平等参画社会づくりに表れている」と指摘した。
 また、国連改革については「冷戦は民主主義と共産主義、すなわち有神論か無神論かの戦いだった。新しい世界秩序をつくるには、文総裁が提唱するように国連に普遍的、宗教的価値観の平和理念に基づく超宗教議会を設置する方向にいかねばならない」と述べた。
 韓半島情勢については「北朝鮮は米国と戦争状態にあるという認識から、米朝二国間協議にこだわってきた。それが米国が『安全保証』を文書化するならば、六カ国協議に応じるとの姿勢をみせたのは、もはや体制がもたなくなっているためで、北朝鮮が本格的に変わりつつあることを意味している」と解説。
「日韓米が一体化して北朝鮮に対応すれば、北は変わらざるを得ない。問題は既得権益を捨てない軍だ。北朝鮮を国際社会に引き出すには、アジア共同体の中で位置付けをし、共産主義を清算した明確なビジョンを提示することがポイントになる」と語った。 
 講演のあと、「日本政府は北東アジア地域の平和と安定のために、六カ国協議の開催を推進し、核問題及び拉致問題の完全解決が図られるよう南北統一を実現する方向性を明確にもち今後の協議を再開すること」などの大会決議が拍手で採択された。
 喜多正顕・豊中市議が閉会の辞を述べ、大会を終了した。

◆世田谷郷土大学旧ソ連の横暴と百人斬りの虚報歴史の秘話を学ぶ

 第四十九回世田谷郷土大学が十月十六日、東京・三軒茶屋のキャロットタワーで約五十人が参加して開催された。秋の特別企画として高橋正二同郷土大学学長が「恨みは深し占守島の“白虎隊”と“百人斬り”の虚報」と題して講演=写真。
 高橋学長は、終戦三日後の昭和二十年八月十八日午前二時三十分、突如としてソ連軍が濃霧の中、千島列島最北端の占守島に上陸した事に言及し、「戦後体制を有利に運ぼうとするソ連軍の暴挙だった。いったんは武装解除した第九十一師団戦車第十一連隊長の池田末男大佐(当時)に出撃命令が発せられた。やむをえぬ自衛の戦闘である」と断言した。
 さらに「同連隊は総勢七百六十人、下士官、兵は少年戦車兵出身が多く、最年少は十六歳という“白虎隊”そのものの部隊だった」と語り、池田連隊長は「祖国日本は戦いには敗れたが、この土地は神聖なるわが国固有の領土である」と訓示したことを紹介。「池田大佐以下、ほぼ全員が白虎隊のように玉砕して日本民族の防波堤となった。日本軍の死傷者約一千人、ソ連軍は三千人以上という激戦だった」と語った。
 その上で「北千島は世界三大漁場の一つで、占守島には日魯漁業の従業員二千五百人がいた。柳岡武参謀長、水津満参謀らは約四百人の女子工員をソ連兵から守るため、北海道に出港、脱出させた。水津参謀は八月二十三日、ソ連艦上での停戦協定調印式終了後、師団長代理として、ソ連軍の要求により日本軍の武装解除に同行することになった。その後、ソ連に抑留され五年を経て帰国した」と歴史的事実を明らかにした。
 一方、高橋学長は「百人斬り」報道について検証する中で、「毎日新聞の前身『東京日日新聞』が昭和十二年に、片桐部隊の向井敏明少尉と野田毅少尉が、南京までどちらが早く中国人を百人斬るか競争した、といった“虚報”を掲載したことが発端」と指摘した。
 さらに「両少尉は昭和二十二年、南京軍事裁判法廷で虚報を証拠として、たった一回の公判で銃殺刑に処せられた。昭和四十六年、朝日新聞が夕刊で本多勝一氏の連載記事で『競う二人の少尉』の見出しで二人の少尉が『百人斬り競争』を合計三回行ったとの伝聞記事を載せて大反響を呼んだが、今年四月、両少尉の遺族が「百人斬り」冤罪事件について、東京地方裁判所に毎日新聞、本多勝一氏、朝日新聞、柏書房を相手取り名誉毀損に基づく訂正、謝罪広告などを要求して提訴した」ことを明言した。
 最後に、高橋学長は六月に靖国会館で訴訟支援の集いが開かれ、七月七日に初公判があり、四被告は争う姿勢を示したことに触れ、「それでも日本人かと言いたい。人権尊重をうたっている新聞倫理綱領を見直すべきだ」と真情を吐露した。

コメント

タイトルとURLをコピーしました