国際勝共連合 機関紙 思想新聞は創刊56年 通巻1898号 (令和8年5月1日)

共産党の「新綱領」の根本誤謬・下

思想新聞2004年2月15日号【1面】

狂気の未来ビジョン描く

 第23回党大会で採択した日本共産党の「新綱領」は、歴史の捏造を重ねるという恥ずべき内容であるばかりか、未来ビジョンもまた、歴史の教訓から何ら学ぼうとせず、過ちを繰り返している。すなわち共産党の新綱領は誤った過去のレールに乗ったまま突き進み、日本国民を誤ったところに連れていこうしているのである。

本質を覆い隠す粉飾綱領の正体

 共産党の未来ビジョンは新綱領の第五章に描かれている。そこには「社会主義・共産主義の社会をめざして」と題されているように、性懲りもなく共産党は社会主義・共産主義を目指しているのである。
 党大会の開会挨拶で綱領の改定案を解説した不破議長は、「生産手段の社会化」が未来社会のキーワードと強調した。不破議長によれば、資本主義社会の経済的矛盾の根源は個々の資本が生産手段をもっていることにあり「生産手段の社会化」はその矛盾から抜け出す「必然的な活路」なのだという。
 すなわち、新綱領は「日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる」とし「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である」としている。
 むろん、こうした見解は何ら目新しいものではない。マルクスが唯物史観で描いた歴史発展の“法則”をそのまま適用し、「資本」を“原罪”とした資本論の見解に沿って「生産手段の社会化」を主張しているにすぎない。
 ここからも明白なように共産党はまぎれもなく共産主義政党なのである。ただし、ソ連によって“傷ついた”社会主義のイメージを払拭するために、新綱領には未来社会をバラ色に描く粉飾をほどこしている。
 たとえば、「社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される」とか、「生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての構成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす」といったように粉飾されている。
 この手法は「プロレタリアート独裁」の「独裁」を「執権」、あるいは「独占資本に対する人民的統制」を「民主的規制」、「国有化」を「民主的管理」と言い換えてカモフラージュしているのとまったく同じもので、その本質は何ら変わらない。

恐怖の「生産手段の社会化」

 その本質を共産党が赤裸々に語ったことがある。『共産主義読本』(一九六六年初版、日本共産党中央委員会出版局発行)がそれである。これは六〇年代の党公認教科書で、「基本路線の正しさが証明されてきた」(不破議長)とする従来の共産党綱領の解説本の決定版とされたものだ。本連合が七二年に共産党に理論戦を宣言して追及した際、ひそかに絶版にしてしまったが、その内容について、共産党が「自己批判」したことがなく、依然として共産党が思い抱く未来ビジョンとして有効と考えてよい。
『共産主義読本』が描いた「生産手段の社会化」とは、次のようなものだ。
      ◇
「資本家の財産を没収して国有化することは、古い関係を破壊することです」
「資本主義のもとで広はんに存在している小生産者(農民、手工業者)や小商人の生産手段や経営手段は、協同組合というかたちで社会的に結合され、共同所有にされます」
「(農民は)社会主義的に改造して、最後には集団化の政策をうけ入れさせることが必要です」
「(商店は)商店網を合理化し、それで浮いた人員は生産部面に転出してもらうことになるかもしれません」
「(社会主義社会では)いやになったからといってやたらに職業をかわることはできませんが、これは当然です。正当な理由がないのに職業をかわりたがるような人は、社会主義の見地からするとおくれた人ですが、社会はこのような人をほったらかしにせず、同志的な説得と教育をつうじて社会主義的に目ざめた勤労者に改造します」
      ◇
 このように共産党の新綱領がめざす「生産手段の社会化」という未来ビジョンには職業の選択もなく、社会主義に“適用”できるように「改造」されるのである。旧共産国では「改造」が強制収容所で行われたことは周知のとおりで、それなくして「生産手段の社会化」はあり得なかった。
 新綱領で「民主化」をいくら装飾したとしても、相変わらず目標地点を「社会主義・共産主義」に置いている限り、日本国民を「改造」すなわち地獄に追いやるに違いない。共産党はやはり共産党なのである。

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