思想新聞2003年2月15日号【1面Top】
北朝鮮工作員事件「スパイ天国」露わに

警視庁が1月28日、日本を足場に対韓国工作を行っていた元朝鮮総連幹部の北朝鮮工作員を摘発した事件は、わが国が「スパイ天国」であることを改めて見せつけた。この工作員は日本に不法入国し対韓スパイ工作を行っておきながら、罪状は他人名義の外国人登録証を所持していたとする「公正証書原本不実記載」にすぎない。日本がいかにスパイを野放し状態にしているかを浮き彫りにしたといえよう。これを受けて、読売新聞と産経新聞は社説でスパイ防止法制定を主張、佐藤警察庁長官もスパイ防止法の必要性を強調している。スパイ防止法制定はもはや待ったなしの状況だ。
警視庁が摘発したのは、元在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)幹部で北朝鮮の工作員の72歳の男。この男はかつて韓国に住み朝鮮労働党慶尚南道委員会に入党して情報収集などの工作活動をしていたが、1949年に日本に密入国。日本で別の在日朝鮮人の外国人登録証を入手し、朝鮮総連の非公然組織「学習組」で活動していた。93年ごろからは朝鮮労働党統一戦線部の工作員として、他の補助工作員を指揮して韓国内の大衆運動の情報収集や北朝鮮の宣伝、軍人への接触などの工作を行っていた。
また北朝鮮からの指令は新潟港に入る北朝鮮の貨客船「万景峰92」号の船内で受け取っていたとしており、同号がスパイ工作船として使われていたことが明白になった。
この男はスパイ活動を行っていたわけだが、警視庁が摘発したのは刑法一五七条違反容疑でしかすぎない。同罪は「5年以下の懲役または50万円以下の罰金」という微罪なのだ。
仮にこれが他国だったら、国防機密を漏えいした場合、米国やフランス、ロシア、中国、韓国は最高刑が死刑、ドイツは無期懲役。スパイに対しては重罰で臨み国家の安全を守るのが世界の常識である。ところが、日本では「公正証書」の原本に偽りを書いたことに対する罪を問い、あきれたことにスパイ行為そのものは不問に付しているのだ。いかに日本が「スパイ天国」かがわかる。
こうした状況を放置できないとマスコミも主張し始めた。
読売新聞は1月30日の社説「『北』の工作阻止へ立法も検討せよ」で、「日本がスパイ天国のような状況になっているのも問題だ。いかに工作員の活動を封じるか、立法措置も含め、有効な対策を早急に検討する必要がある」と強調している。
言うまでもなく読売が主張する「立法措置」とはスパイ防止法のことである。同紙は一月六日の社説「岐路の日本/国際協調を安保の軸に」の中で「日本には安全保障に関する機密情報の漏洩を厳罰に処す『スパイ防止法』がない……その種の法制の必要性も論議すべきだろう」と述べていた。
産経も同じくスパイ防止法制定の必要性を訴えている。1月30日の主張「万景峰号/厳しい規制を考える時だ」の中で「(事件は)明白はスパイ行為である。これに対し外国人登録証を不正取得した公正証書原本不実記載罪(懲役五年以下または50万円以下の罰金)しか適用できないのが日本の現状である。スパイ防止法についても、検討に入る時期ではないか」との認識を示した。
もはやスパイ防止法なしの日本では国家・国民の安全は守れないというわけだ。
日本国内における外国のスパイ工作は北朝鮮に限ったものではないが、北朝鮮について平成14年版『警察白書』は、戦後、約50件の諜報活動を摘発したとしている。同白書は北朝鮮工作員の諜報活動の任務について「対韓国工作の拠点としての活動、在日米軍に関する情報収集活動」と指摘。前述の男もまさにこうした活動に従事していたのだ。
この工作活動と日本人拉致が密接に関係していることを見逃してはならない。白書は「北朝鮮工作員が日本人のごとく振る舞えるようにするための教育を行わせることや、北朝鮮工作員が日本に潜入して拉致した者になりすまして活動できるようにすること」と断定している。
つまり、スパイ活動への厳しい法整備を行わないことが拉致を許す原因にもなっている。警察当局は肝心の拉致事件では1件も摘発していないのが現状だ。拉致事件の教訓はスパイ防止法が不可欠であることを物語っているといえよう。
このことは長年、警察で北朝鮮の工作活動の摘発に従事してきた佐々淳行氏(初代内閣安全保障室長)も、次のようにはっきりと証言している。
「我々は精一杯、北朝鮮をはじめとする共産圏スパイと闘い、摘発などを日夜やってきたのです。でも、いくら北朝鮮を始めとするスパイを逮捕・起訴しても、せいぜいが懲役1年、しかも執行猶予がついて、裁判終了後には堂々を大手をふって出国していくのが実態でした。なぜ、刑罰がそんなに軽いのか――。どこの国でも制定されているスパイ防止法がこの国には与えられていなかったからです。…もしあの時、ちゃんとしたスパイ防止法が制定されていれば、今回のような悲惨な拉致事件も起こらずにすんだのではないか。罰則を伴う法規は抑止力として効果があるからです」(『諸君』02年12月号)
今回の工作員事件を受けて、佐藤警察庁長官は1月30日の記者会見で「国内におけるスパイ活動を防止するための法整備が必要」と述べ、工作活動を取り締まるにはスパイ防止法制定が必要と強調している。
スパイ防止法の必要性はこれだけではない。政府は北朝鮮のミサイル発射実験に備えて3月にも情報収集衛星(偵察衛星)を打ち上げるが、ここでもスパイ防止法は不可欠なのだ。それは同衛星によってこれまで独自に入手できなかった軍事施設の整備状況などの情報収集が可能となり、わが国は本格的な情報戦態勢をスタートさせるからだ。
忘れてはならないことは、情報とは収集のみならずその的確な分析、そして保管をもって完結するということだ。情報が「敵」に筒抜けではその情報は死んだも同然なのだ。情報の保管すなわち国家機密保護(スパイ防止)なくして情報は生かされない。
有事法整備でも情報が最も大きな課題となる。「敵」がいつどこで、どのような手段を使って有事を起こすのか、その情報なくして有事態勢が築けないことは明白だ。情報は国家の安全保障の命運を握っている。にもかかわらず有事法論議ではスパイ防止法制定の視点が欠落している。この点を含めなければ十分に機能しないことが知れよう。
スパイ防止法の制定は、もはや待ったなしである。


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